寫生用遠近法

真野紀太郎マノキタロウ(1971-1958) 作者一覧へ

眞野紀太郎
『みづゑ』第一 P.6-7
明治38年7月1日

 大にして高き富士山も、遠ければ小にして低き鳥居の問から見る事が出來、眼前一枚のはがきは、よく武藏野の大景をも掩ふ事が出來る。これは物に遠近の差があつて生ずる現象であるが。試みに諸君が鐡道線路の上に立てば、莫二條のレールは終には一點になつて仕舞ひ、又沿道の電柱は、遠ざかるに從ひ低く、小さく、終にはレールと同じく一點に消滅して仕舞ふのを見るであらう。このやうに物體が遠近の工合によつて縮少してゆく割合を正確に描き出す術を遠近法をいふのである。
 繪をかくに遠近法の心得の必要なるは言ふ迄もない事で、此理を無視しては、極めて簡單なる小箱一つさえ寫し出す事は出來ぬ。况んや戸外寫生に出でゝ、家屋や、道路や、一歩進んで殿堂などの複雜したものに到ては、到幾輪廓さへも取ることは出來ぬ。それゆへ苟くも繪を描うと思ふ人は、遠近法一般の知識は、是非心得で居らねばならぬ。
 、遠近法も一科の學問で、此理法を悉皆知悉するといふのは容易な事ではない。又繪を慰みにやる人々には、それ程深く究める必要もない。よつて爰には、極めて小むづかしき術語を避け、初學の人々に、極々必要に、且應用の出來易い卑近な物體を捕えて、尤も解し易き方怯によつて號を逐ひて説明して見やうと思ふ。
 〔一〕石燈籠(挿圖參照)
 この圖はある湖畔にある石燈籠で、畫者はA印を眼點として(正しくA印に向つて)、燈籠より一丈六尺離れて見たるときの遠近圖である。燈籠の高さは八尺、畫者の眼の高さ、即ち水平線は三尺五寸(三脚床几に座せるものとして)と假定されてある。さてこのやうな位置で遠近圖を作らうといふには、先第一に水平線HLが、燈籠のどの位ゐの高さにあたるかを見定める(此圖でば下から四段口の上邊にあたる)、そして見取定木をとつて、上部は燈籠の廂の傾斜、下部は臺石の傾斜とを量り、その線を假定された水平線の上に迄延長して、その一致した點が即ち消點である。そして燈籠の同じ方向の線は皆此消點に集むれは、各部の割合が出て來る。そのやり方は右も左も同樣であるが、畫者の居る處によつては一方の角度が鋭くなると同樣に、反對の側の角度は鈍くなるものである。
 以上は單に割合を示したに過ぬ。見取定木を注意して使用すれば、殆ど間違なく遠近圖が得られろ。寫生にあたつて一分一厘間違つてはならぬといふむづかしい事を求むるのではない。只畫をかく人が、遠近法といふのはこのやうなものであるといふ道理を知つてゐて、甚しき誤りを、繪の上に現はさればよいのてある。(水彩畫楷梯二十四頁參照)

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