色彩論(一)原色及びその合成色

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榕村主人
『みづゑ』第二
明治38年8月3日

 日光照射の直接間接を問はず、自然界の色彩なるものは、實に美麗絢燗を極めたるもので、殊に藝術家が高尚なる稱賛を捧げて止まないので、更にこの色彩が限りなく變化してゆくため、其歎美の度をも増し、歡喜の量も加はるのである。さて藝術家はこの色彩に就て注意深い觀察と研究とを重ねて、初めてこれを模傚するの能力とを得るので一度大家の作品に接すると、宛ら自然界に對するの感があつて、人間の力の何程迄難事に打勝つことが出來、成功し得るかに驚かるゝのであるが、併しこれは容易な業ではない。
 さて水彩畫を學ぶ人は、其繪具を使用するに先立ちて、色彩や日光の理學的性質を多少心得て置かねばならぬ。それ故極簡單に、説明を試みやう。
 暗室の戸に小さな穴を開けてそれから日光を差込ませ、それに三稜鏡を懸ける時は、日光が七色に分解されることは、諸君が既に物理學において學ばれたであらうが、その理由は光線中の色彩の屈折の度に強弱があるからで、ニュートン氏の分類によれば、レッド・オレンヂ・ヱロー、グリーン、プリュー、インヂゴー、ヴァイオレットの七色である。この七色以上には如何なる方法を以てするも分解せられないので、これを原色としてあつた。然しながら、眞の原色は唯赤、黄、藍の三色で、この三色の配合によつてその他の色は何でも出來るが。赤、黄、藍といふ三つの色は、他の色の配合では决して得らるゝものでなく、夫故にこれを原色といふのである。
 黒、白を兩極端として、其間に三色を配置するには、白に近いものは黄で、赤は中、藍は空間と寒冷とを代表して黒に近いものである。そして白は日光の分解されない塲合で、黒は光線の缺乏の塲合である。
 三稜鏡で分色した色彩は、適當の分量で合すると、光線即ち白色となる。又三原色を合すると、鼠或は黒色となる。その鼠色となり黒色となるのは、其物の表面から反射する目光の量の多寡から起るのである。それ故黒いものでも、それよりも猶黒いものと對照するときは白く見えろo黒天鵞絨の布片を日光に晒らせば黒く見えるが、更に強い光に置けば光部は白が灰色に見えて、陰が黒いのである。そして白と黒との中間の色を中和色としてある。
 原色の藝術的順序は赤、黄、藍であるから、茲には赤から説明を始める。
《赤》赤は三色中最も強力に、且明確であつて、人目を刺戟する。藝術家はこれを暖色としてゐる、緑色がこの色の偶色或は補充色である。
《黄》黄は白色に最も近く、偶色は紫色である。
《藍》藍は陰や暗黒に關して居つて、總ての色に同性質を分與する。そして其偶色は橙色である。
 今この三色の同じ力度の色硝子を白紙上に互に交叉すると、共に三個の合成色が出來る。藝術家はこれを第二色と呼んでゐる。
《燈黄》黄と赤とに成り、第二色中の最も明瞭なるものである。藍色の偶色で、色調に種々の變化を持つてゐる。
《緑》黄と藍とに成り、第二色中の中間色で、人目には著しく感ぜしめて、しかも高尚なる快感を與へるものである、自然界の緑は藍とよく調和して、遠方や空氣の暖い紫や、鼠色の調子と調和するのである。
《紫》赤と藍とに成り、第二色中の最も冷い色である。恐らくは此色は、緑色に次いで人に快感を與へるものである。紫色の幾種類、さては暖かき鼠色などは、風景畫家の大に使用するもので、前景の豊富な調子に對して、空や遠方の空氣の藍と調和するのである。
 原色三種、第二色三種、これにインヂゴーを加えて三稜鏡的の七色となるのである。
 第二色の二種を合成して得たる色を第三色といふ。第三色は風景畫家の必要缺くべからざる色調である。』
《佛子柑》橙黄と緑と合して成れるもの、佛子柑の實の色に似てゐるので此名がある。その色は暗く和い帶黄の緑で、ブラオンピンクが代表色である。愉快な色調で、これを使用すると、畫面の緑色の調和がよくなり、適度に用ゐれば、橙黄や秋の色に光部の力を増して、全躰を曖昧にせしむる力がある、そして深い紫色の調子によく調和する。
《帶黄褐色》橙黄と紫との合成で、赤に近く、インジアンレッドが好例である。ブラオンマッダーが深い透明なラッセットであつて、深い緑とよく調和する。もし藍色と合すると、鼠色が出來て、明暗の好接續色である。
《橄欖色》紫と緑より成り、前の二色に比して藍色に近く、陰や暗黒に最も近い色である。調子の深い橙黄との好對照である。この色は岩石の鼠色や永の深い影などに見ゆるもので、風景畫家には最も有用なる一種であるが、もし其度を誤ると畫面の光部を損ずる嫌があるから、使用の際は注意せねばならぬ。

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