問に答ふ


『みづゑ』第二
明治38年8月3日

 問、水彩畫階梯には、臨本の模写はなるべくなさゞるをよしとすと有之候處。三宅先生は、初學のうちは臨本より始めよとの御説に候、利害詳しく御示しあり度候。
 茨城河北生
 答、臨本を用ふるの利益は三宅氏が説かれてありますから、爰には其害と思はるゝ點を竝べて見ませう。其缺點を心得てゐて臨本を模せば大なる害はありますまい。
 一、現今の印刷術にては筆者の眞趣を傳へがたく、現在の臨本によきもの稀なること。
 二、初學の人には臨本の良否を識別し難く、隨て惡しき臨本によつて習ひ得し癖の固疾となる患あること。
 三、常にある一人のものゝみを用ふる時は、所謂何々式といふ畫風の中に拘束せられて、他日實物に對して觀察の自由を妨げらるゝ恐れあること。
 四、常に臨本に依賴する時は、應用の力を養ひ難き事。
 五印刷の色と水繪具とは、其名同じくして其色異なるものあり。木版摺に於て殊に然り。夫がため意外の苦心多く、そして其苦心は徒勞なるべき事。
 鉛筆畫の下地のある人なら、あまり臨本にたよらぬ方がよいと思ひます。平面の繪を模するは、直接自然物を寫すよりも容易ではありますが、要するに程度問題で、實物寫生と申ても、極々簡單なものから始められたら、さほどの困難もなく、そして興味の多い事は、他人の繪を模すの比てはないと思ひます。

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