本誌について


『みづゑ』第二
明治38年8月3日

▲本誌の發刊に對して、都鄙幾多の新聞雜誌は、何れも貴重なる紙面の多分をさいて、同情ある賞讃奨勵の辭を與へられました。一々轉載して其御厚意を謝すべきでありますが、紙面も少なし、又あまりに御褒めに預つて聊か氣耻しく思はるゝ節もありますから、それは見合せて只爰に御禮を申して置ます。
▲發刊以來御親切な讀者から本誌についていろいろの御手紙がありました。その重なるものは第一、舶來の繪葉書は一枚二十錢もする、このやうな立派な口繪があつて此定價では廉價である。第二、紙數も少なく内容も淋しいから不廉である。第三、表紙に無闇と金をかけて凝り過た。第四、紙が佳良に過る、も少し薄くして其代りに繪を増せ。第五、挿繪が單調てある。スケツチ風の趣味ある繪を加へよ。まつざつとこんなものであります。
▲第一此雜誌は金錢上の利益を少しも得てゐない、否多少の損失を覺悟して代價を定めた故と申て置ませう。
▲第二、發行部數が極少數である爲です。一寸内幕を申せば、紙數の少ないのは、此雜誌はあまり多くの人の力を借らずに永くやってゆきたいといふ考で、時には同人間の只の一人でも書き盡せるやうにと思ひ、又紙數が多いと自然材料も粗末になり、人によつては終り迄讀まずに仕舞ふといふ恐れもある故です。内容の淋しいのは、追々賑やかにしてゆきますが、專門雜誌としては巳もを得ぬ事情もあります。そして薄い割に不廉であるといふ抑抑の原因は口繪にあるので、このやうな面倒なものを、技術の勝れた人に賴むには普通製版料の幾倍かを支拂はねば出來ません。そして少數の印刷物に、多額の製版料が割當られるため、勢ひ不廉のものとなるのです。價を低くして澤山賣ると申やうな積極的な仕事は私共には出來ません。
▲第三、諸君の御考になつてゐる程は費用がかゝつてゐません、普通石版一度刷と殆ど同價で出來ます、敢て凝つて見た譯ではありません。
▲第四、この紙より下等にしても、一冊にっき價が二三厘位の違ひで、とても繪を澤山入れる程の餘裕はありません。
▲第五、月刊スケッチ、ハガキ文學等、輕快な趣味の普及を目的としてゐる雜誌が他にありますから、本誌は其方にあまり力を入れぬつもりです。但勝れて面白いものゝあつた時は御紹介致します。
▲何れに致せ私共は、水彩畫の普及を計るのが目的でありますから、本誌も可成は良くして廉價に諸君に頒つやうに致したいと思ひます。多くの諸君の中には只今學資が乏しいから一冊丈け註文すると申して來る方もありますが、このやうな方には實に御氣の毒に思ひます。いづれ何とか工風して見ませう。
▲本號の色彩論は、バーナード氏所説の抄譯であります、追々色彩の應用論を御紹介致しますが、最初の一二回は其前提で、直接に益のない理論ですが、暫らく御辛抱を願ひます。
▲應募寄書及び地方寫生會の記事、諸君の趣味ある寫生畫なぞ集まつて居りますから、追々御紹介致します。登載致した分には、本會の大下藤次郎肉筆の繪ハガキを差上る筈です。

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