三浦の浪(その一)
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『みづゑ』第三 P.10
明治38年9月3日
この間三浦半島の秋谷といふ處で、朝飯前のスケッチを始めたら、折からの盆休みとて、一杯機嫌の漁師共が黒山のやうに取巻いた。『何處を寫すんだろう』、『前へ立つと叱られるぞ』と不相變の御饒舌。『三やおまんまだよー』と遙かにオッカーが子を呼ぶ聲もする。後ろに立つてゐるのだからどんな風體か知らないか、村相撲の大關とでも思ほれそうな聲の男が、傍で見るとわかんねーが離れると舟もある、家もあるといつたら、鹽辛聲の他の男が『寫眞といふものほなりたけ細かく寫るのがいゝんだ、繪はぞんさいに描いてうんーなるほどと思はせるのがいゝんだ』と。オヤ、おつな事をいふと振返つて見たら、髪の毛のぼうぼうとした色の眞黒な小作りの漁師であつた。