色彩論(三)顏料の説明

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榕村主人
『みづゑ』第五
明治38年11月3日

 諸顏料の重なるものゝ、概略の説明をする前に一言云ふて置かねばならぬ事がある。專門の畫家にはそれぞれ好みの繪具といふものがあつて、偏して居るが、初學者はかゝる偏頗なる使用顏料には目をくれず、繪具全體に意を注がねばならない。
 パレツトでも繪具箱でも繪具の配列は左から右へとの順序で、黄から初める、それは最も光の代表色であるからで、橙黄、赤ラッセツト、佛手柑、中和色、終にインヂゴーである。
 白は色彩として論ずべきものではないが、使用の廣いものであるから、こゝに説明することゝする。
《ホアイト》酸化亞鉛或はチヤイニースホワイトと云ふて、水彩畫には必要の繪具である。これに暖色を、混へて用ゆるときは、強き光を失ふた處を回復さする効がある、これを薄くするかまたは、他の明かな色彩と混へて用ゆるときは空氣を描出することが出來る。此白色は些の鐵氣でもあると、硫化水素や其他遊離瓦斯に逢ふて變色する恐がある。
《オレンヂ》照りのある活々とした黄で、寧ろ蒼白に不透明であるが不變色である。或は天空や遠景に淡く用ゐ、或は他の色彩の上ヘ一抹することがある。森の木の葉に最も輝いた光を添ゆるのに、此の色を點ずることがある。
《ガンボーヂ》輝いた透明な黄で、緑を作るには必要な色であるインヂゴーまたはプレシアンブリユーと混へて鮮な冷い色が得られる。バーントシーナ其他透明な橙黄色と混へると、豐富な變り易い秋の色を寫すに適當なものが得られる。ガンボーヂは植物性護謨質であるから、變色の憂があるが、上記の色を得るには最良の黄としてある。
《インヂアンエロー》ガンボーヂより肉のある深い色で、豐富な黄金色である。インヂゴー、プレシアンまたはフレンチブリユーと混じて深い強い緑が得られる。バーントシーナ、またはブラオンマダーと混じて、清い輝いた秋の色を寫すに適當な色が得られる。此色は最も強い力のある色であろから應用するには大いに注意を要する。かゝる性質があるから、遠景よりは前景に多く使用する。
《エローオークル》中和色を作るもので、ブラオンマダーと混じて、暖い中和性の橙黄を得られる。これは或一定の色彩を施さないで、日光や暖さを見せることが出來るのである。
《ローシーンナ》頗る透明で寧ろ黄褐色の黄である。水の緑色を帶びたものを描くに好く、靜な湖水や海の波等に適する。エローオークルで描いた空の調子の反射を描くに用ゆる。クリムゾンレーキや赤を混じて遠等の緑を造ることがある。この繪具は、紙上に斑紋が出來たがる。
《バーントシーナ》豐富な橙黄の黄褐色で、甚だ透明で強い色である。道路や砂土手等の色に暖みと活氣を與へる。インヂゴー、プレシアンブリユーと透明な黄を混へると、美しい線が得られる。
《力ドミユーム》輝いた暖い橙黄に近い黄である。此色は不規則で常に同一でないが、インヂアンエローやクロームとは異つて居る。
《オレンヂクローム》輝いたエローオークルである。この特色は暖で透明にある。
《アースオレンヂ》輝いた豐富な橙黄の人工的の赭色である。バーントシーナ程は必要でない色で、その異る點は輝いて明るい處にある。
《ライトレツド》茶褐橙黄色ともいふべきで、コバルトやフレンチオルトラマリンと混へて暖な鼠色が出來る、雲の影等を描くに甚だ必要の色である。
《ヴエルミリオン》此色は輝いた不透明で重みのある色である。これを淡く塗るときは、天空に暖かみを含ませることが出來る。
《ローズマダー》マダー、レーキは近世甚だ行はるゝ色で。殊に不變色で色も鮮である。夕方の薔薇色を描くによく、僅のインヂゴーを混ゆれば、夏の朝の紫や、東雲の菫色が得られる。
《クリムゾンレーキ》美しい透明な紅で、ローズマダーよりは力がある。コバルト又はフレンチブリユーと混じて美麗なる紫が得られる。前景の緑色に加へて、中和色とすることが出來る。また中景に適し、帶紫鼠色の葉を描くに適する。
《ヴエ子シアンレツド》ライトレツドよりは深い純粹な色である。コバルトやフレンチブリユーと混じて、描家の所謂鼠色(紫色)が得られる。
《インヂアンレツド》美しい帶紫渇色で、深いブリユーと混じて、種々な豐富な紫色が得られる。暴風雨の空や山の暗雲の影の下等を描くに好い。しかし程よくせないと、重くなつて、遠方や空氣を缺くやうになる。
《パーブルマダー》純粹な輝いた紫ではないが、豐富で透明である。コバルトやフレンチブリユーと混じて深い紫を得られる。
《ブラオンマダー》豐富な褐色で水彩畫には缺くべからざる色である。燈黄と紫色の中間色で、エローオークルと混じて用ゆるときは、豐富な暖い色が出來て、他の色との調和を好くする。ガンボーヂやインヂアンレツドと種々な度で混じて、秋の森の色を得られる。
《ブラオンピンク》植物性しの繪具で、豐富な橙黄緑色で、前景の緑色を描く。
《ヴアンダイクブラオン》美麗な深い透明色で、前景の暖い豐富な鳶色の箇處に用ゆる。インヂゴーやフレンチブリユーと混じて深い中和緑色が得られる。水中の木の影を描によい。
《セピア》章魚の墨から製したもので、暗い鳶で好く運筆用として用られる。
《アイヴオレーブラツク》好黒色で、最中和の調子で、大いに透明であるこれを淡くするときは、純粹な鼠色で天空や遠方を描くに必要である。
《インヂゴー》プレシアンブリユーやアントワープに比して輝いては居らぬが、力がある。透明で、前景の森の強い豐冨な緑を造るに最必要である。また前景の緑色を造るに、セピア、インヂァンエローかまたブリユーブラツクとガンボーヂとを混じてもよい。
《フレンチブリユー》或は《フレンチオルトラマリン》力のある仕上のよい繪具で、眞正のオルトラマリンに比して遜色なきものである。油繪に用ゐては安全ではないか、水彩には耐久的である。
《コバルトブリユー》ブリユー中で此色が天空や遠方を描くに適して居る寧ろ不透明で深さがないか、遠方や雲の空氣には差支ない。(完)

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