スケッチの説明
大下藤次郎オオシタトウジロウ(1870-1911) 作者一覧へ
"T,O,生"
『みづゑ』第五 P.15
明治38年11月3日
この圖は九月十五日行徳へ往つた時のスケッチである。江戸川の堤上を歩いてゐる時、下の淺瀬で船を洗つてゐる景が目に入つた。堤は高さ一間ばかリ、上から見下したゝめ河の幅が廣く見え位置の工合が圖案的で面白いと思つたから窩生をした。時は朝の十時頃で、遠くはうす靄に包まれてゐて、しかも船にはやゝ強い日があたつてゐた。寫した紙はワツトマン十六切で、輪廓は只船の形と人丈けである。最初に、極淡いヴエルミリオンを全體に塗て、生乾きの時、船の輪廓内丈殘して、空の色をコバルトに少しのインヂゴーを加へたもので塗つた。白雲はこの方面にはなかつたが、あまリ單調であるから二三線殘して置たそれが乾いでから船をヴエルミリオンとエローオークルで、日のあたつた色を作つて描いた。人物の白いシヤツは勿論最初から拔て置いた。次に遠景の森は、コバルトとインヂゴーを少し濃くして拵へた。それで森の形と水全體とを塗つた。帆柱も竿も皆塗つた。水際の白線は此時殘した。次に船の腹の暗い處、釘の跡、内部などを、インヂアンレツドとオルトラマリンを混ぜた繪具で描き、それの淡いので砂地を作り、序に遠くにある舟も描いた。夫からインヂゴーと子プルスエローを混ぜて、森丈け上塗をした。森は堤やら家やら少しは見えたが、殊更に描かずにおいた。船の映つてゐる水の暗い處は、インヂゴーとブラオンピンクを用ゐた。全體が乾いてから、帆柱や竿をホワイトの澤山混つたオレンヂ色でかいて、波を作り、人物の頭の黒を入れ、遠くの舟の笘をかき、かくて初めから三十分程でこのスケッチが出來上つたのである。