スケッチの説明
大下藤次郎オオシタトウジロウ(1870-1911) 作者一覧へ
"T,O,生"
『みづゑ』第六
明治38年12月3日
圖は前橋の郊外よリ赤城山を見た處のスケッチである。時は十月十七日の午後二時頃で、大陽はよく照してゐた。中景は常磐木の森、前は一面の稻田で三脚を据へたのは街道の傍である。
此スケツチは赤城行の紀念にといふ考であつたが、雲が面白かつたから地平線を低くして見た。初めにざつと輪廓をとり、さて向つて右の方山の上にある白い雲が、淡く赤黄色に見え、全體に稍暖かな調子があつたから、ウェルミリオンとヱローオークルを混せて薄く金紙を塗つた。次に雲の陰を描いた「パレットの上でいろいろの繪具が混つたが、大體はライトレツドにコバルトである。夫から白く輝いた處だけを殘して空を着色した。上部はコバルトを重とし、山に近くは美しい色が見えたから。プルシアンブルーを使ひ、下の方には少しのレモンヱローを加へた。山はライトレツドにホワイトを混ぜたものを一面に塗て、生乾きのうちに同じくホワイトにコバルトインヂゴー等を適宜に交ぜて陰の暗い處を作つた。此時山全體は不透明であつた。麓から下は全部カドミユーム、オレンヂの稍濃いのを塗て置て、中景の森はインヂゴーにヱローオークルを交へて日光を受けし部分の色を出し、それで陰の部迄も描いて、後に暗い陰の空氣の色のよく見える處ヘオルトラマリーンを其儘つけた。稻は前に塗たカドミュームオレンヂの上へ遠くはレモンヱロー、近くはエローオークル、極めて明るい處はネプルスヱローを以て描いた。夫から前に森を描た殘りの繪具で、田の境界の暗く見ゆる部分に二三の線を施して、初めより四十分間に此スケッチを終つたのである。
紙はワツトマンの九ツ切。筆は九號の羽根軸をウオツシに用ひ他は多くニユートン製の油繪筆一號と五號とを交々も用ゐた。挿入の圖は原畫通りにはゆかぬが、趣は分ると思ふ。空はもつと透明な藍色で、森の光部も穏かな緑であリ、輪廓もあのやうに硬くはない。
カドミユームオレンヂは、他の黄で作つた赤味の少ない橙黄色で代用が出來る。