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『みづゑ』第六
明治38年12月3日
□雜誌の編輯は六づかしいもので、種々の嗜好を有する數千の讀者に、多少の滿足を與えねばならぬ。
□如何にして讀者の喝釆を得べきか、如何にせば雜誌の賣高を増すべきかと、世の當業者は一方ならぬ苦心で、中には誇大の廣告をしたり、改良と號して體裁を改めたり定價を下げたリ、それはそれは出來得る限りの手カを盡して讀者を得んとしてゐる。
□されば夫等の雜誌は、各方面の大家の名を以て目次を飾り、内容も趣味饒に、紙數も多く、其價も廉に、充分讀者を滿足せしめ得べき質のものである。
□『みづゑ』は如何。毎號僅に二三家の名を列するのみ、片々たる小册子、しかも其編輯の仕方の我儘至極なる、他の雜誌と比較する時は、吾ながら赧然たらざるを得ない。
□夫にも不拘日に月に讀者の數は幾分か増してゆく、何故であらうか。
□『みづゑ』は營利を目的としない、(第六と第七は少々足し前の覺悟)名聞も構はない唯々僅かなりとも水彩畫の普及を促し、且其趣昧を有する人々と樂を共にすればよい。要するに水彩畫を好む人々の友であるといふ點が、諸君の同情を得て、多少の不滿はありとも、猶且此雜誌を愛せらるるのではあるまいか。
□現今の『みづゑ』そのものはまだまだ編者の理想に遠い。又讀者の同情に甘へて、此儘でいつ迄もやつてゆくのではない。たゞ今の處では、銘々非常に忙しい中を執筆し整理して、毎月辛じて出すやうな譯であるから、思ふ事は多くとも手が廻らぬ、經濟が續かぬ、夫が爲めに積極的の仕事がやれぬからである、隨て月によつてよい雜誌の出來る事もあり、又一向詰らぬものが産れる時もある。
□併しいつ迄もかうでもあるまい、そのうちには諸君に充分の滿足を與へる事の出來る機會も來るであらう、希くは心永く愛讀されたい。
□返す返すも讀者諸君の深き同情と厚き愛顧を社中一同謹て感謝する。