スケッチの説明

丸山晩霞マルヤマバンカ(1867-1942) 作者一覧へ

BM生
『みづゑ』第七
明治39年1月3日

 塲所は信州の高原時はまだ肌寒き早春。南に面せる雪は皆解けて、陽皇の使者は早くも到り、枯殘りて色あせたる、去年草のあわいより萌ひ初むる若草。雲井遙けき雲雀も啼けば。山里の稚子等打ち連れだちて、小河のほとりに芹摘み、あるは堤の蒲公英、土筆、を爭ひ。平和をさゝやぐ長閑けき日和の空は、快晴にあらず、曇れるにもあらず、大陽はありありと丸く見られ、淡き光りはもれて我等が地上の影も淡し。赤土の坂路を辿りて我が家に歸る馬子歌。春の邊の温和なる趣きを深からしむ。かしここゝに散在せる茅屋、それに住みける無邪氣なる人々は、その日その日の世渡りに、都に見ざるスヰートホームは作られき、あゝ自然界の麗しき事よ。さまさまなる感興は我が胸に湧き出で。さては路傍に三脚を据えてこの畫を作りしなり。描法、レモンエンロー、若しくはネープルスエルロー、にローズマダー、を混じ、これを薄くして全紙に塗り。コバルト、にネープルスエルロー、及びカーミンを混じ、雲其の他陰の色を描く。茅屋、道路は。ライトレッド、若くはカーミン、に黄を混ぜしものを用ゆ。遠山はコバルト、に少しのローズマダー、を加へて着色す。黒き森は常磐樹で、これはインヂゴー、にオリユブエルロー、を混じ、家の左方にある樹は、櫟柏の如き枯葉の殘れるものこれはエルローオーカー、にコバルト、クリミゾンレーキ、を混じたるもの。其の他明るき美しき色はレモン、又はクロームエルロー、の如きもの、若草の淡緑はエメラルド、グリエン、又はホーヵスグリエン、の如きもの、これ等は陰色を先に描きて、あとにて附着すべし。陰の部の尤も強き暗き色は、最終に附すなり。右の外は宜敷原畫を見て、似寄りたる色を附着するを要す。

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