繪畫の目的(鵜澤氏譯繪畫鑑賞法の一節)


『みづゑ』第八
明治39年2月3日

 吾人は今や展覽會に臨んで專ら技術の巧拙を論ずるものとせんに、或は陰陽又は色彩の巧を稱し、或は配置又は組織の如何を論じ、或は一部の線條を檢し、或は一端の遠近を稱す、これら技術上の形貌は、形貌其物を美なりして之を嘆美するもとより可なりと雖も、既に展覽會を去て後吾人が家に齎す處のものは何ぞや、蓋し一の印象に相違なかるべし、然らば即ち其印象は巧に手を描けるよりして得しものなるや、衣服の密畫よりか、美彩よりか、或は布地の眞に迫れるによるか、寶玉の燦爛たるよりか、將た樹木の輕妙なるよりして得たる印象なりや、否、吾人は却てこれ等の外面を忘却するなリ、外形其物は未た深く感動を起すに足らざるなり、蓋し一頓の畫にして苟も大作たるに耐えんものは、必ずや其外形よりも更に強力なる一要素なくんばあらず、而して其要素とは畫家の慨念思想もしくは感情に外ならず、吾人が展覽會よりして齎し歸るものは畫家の意想想像又は意匠よりして得だる印象なり、吾人は畫家特殊の性情よりして牽起せられたるなり。

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