色彩應用論(二)樹木(上)

榕村主人アコウムラシュジン 作者一覧へ

榕村主人
『みづゑ』第八
明治39年2月3日

 樹木は風景畫中重要なるもので、水彩畫家が時と思想との大部分をこれに費すのである。自然界に於ても人々の大いに稱賛するもので、肉眼もその清新な色と崇高な形に對しては疲勞を覺えないのである。樹木がなかツたならば風景畫は荒蕪にして不完全のものとなる。實に樹木それ自身の活溌な發育や形の變化、明暗、色彩等皆爽快な美しい繪畫である。加之風景畫に威嚴と美とを添え、また地面と天空との間の連絡をも好くするのである。誠や四季皆宜しく、春は清新なる若葉の色、夏は深い活溌なる緑色、秋となれば、錦繍綾羅の色、寂寞たる冬に於ても亦赤裸々の枯木に一種の風情あるものである。
 さて樹木は自然界の他の部分と仝じく常に千變万化しつゝあるものであるから、一定の筋目立ツた順序ある研究が必要である。
 樹木は單濁と、他のものとの關係上のものとを問はず、その高さや廣さ、比較的の大さ形等空に對照して見らるゝ性質の現状に注意せねばならぬ。次には樹木の枝葉の色彩が最も注意すべき點である。かゝる觀察を至細に遂ぐれば、遠方に於ても所望の樹木の種類を判別することが出來るやうになる。
 樹木の枝幹等も精細の觀察を要する。で平地に生長した幹は眞直で、上部も好く平均して居るが、平地でない處や、河の畔、涯等にあツては、その形が變ツて、多くは地平線に傾いて居る。植物學者の如きは成るべく完仝に成長した樹木をその標本として撰ぶのであるが、畫家にあツては、かゝる風變りの樹木を喜ぶのである。例之ば不規則な地面や形の面白い岩石の畔にあるとか、風雨に梳られて、幹のみ殘ツて居るとかいふものである。
 樹木は地味、位置、氣候等の關係で影響を受けるもので、松、樅等の如き樅に生成し、槲栗の如く横に廣がるものもある。樹木の枝も木の大さや角度に依て變はる。樅の如き幹の大きさに對して比較的に小さい。木葉の重り合ふた形も注意して研究せればならぬ。その形は通常圓いか楕圓であるが、或ものはすいすいと小枝があツて層をなして居るものがある。樹木に對する種々の研究は最初鉛筆かチョークで詳細に練習して後にセピア畫それから水彩繪具を使用することにすれば、充分なるものとなる。
 色彩を使用し初むるに際して必要なることは、樹木の定色は多くの他の物と比較すれば暗いのである。木葉の密生した樹木は量の大い光線を受けて、其影は暗い。ちらばらな薄い木葉はこれとは多少の異ツた點があるが、幹等の現はれて居るのでまた風情がある。
 さて樹木の描法をこゝに述べやう。木葉の如き詳細に描寫することは不可能であるから、概括的に大體を描くのである。樹木の幹や枝の輪廓は精確に描いて、木葉の界線を劃し次に色彩を大膽にしかも用意ある筆を以て施すのである。その要は一見何れの種類の樹木であるかを判別し得る樣に描くのである。大體の特性を取ツて、煩はしい事や不正確な處は除くのである。殊に注意すべき事は、概して木葉の全體は空の調子よりは低いといふ事である。精確な度で定色を最初に塗ツて、木葉と枝との間の明い部分をのこして置く。最初の調子は常に最明るい葉よ噸も暖くなく、暗い蔭よりも冷くない度であるが、時とすると最も明るい處よりは暖く暗い蔭よりは冷くする時もあるのである。葉を描くには全く偏平に塗るのではあるが、空間の形と輪廓とを灣曲に描くので、凸形に見ゆるやうになるのである。猶これに陰影を描くのであるから丸みが出來るのである。
 初學者の困難を感ずることは、木の葉の明暗を判別することが出來ない、時には突飛に突出したり、偏平になッたりする。
 木の葉に凸形を作るには、外側の形に注意して光部を凸形に殘すのである。しかしこれは筆の手法に依るので、宜しく熟練を要する處である。
 木の葉の薄いまばらなるのを描くには、樹木の幹枝を最初に描いて、然る後に木葉を描くのである。木の葉の定色が冷い色のときに其裏に日沒其他の暖色があるときは、木の葉の明るい部分も冷いまゝで居るものである。秋の暖い色の場合の如きは、太陽に照されて居る明るい部分は、極端に豐富で、黒みなしに頗る深い色である。これを描寫するには調子の純清を旨として、互に調和の好い、純清な色彩を使用しなければならない。(つゞく)

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