日本と水彩畫(二)

丸山晩霞マルヤマバンカ(1867-1942) 作者一覧へ

丸山晩霞
『みづゑ』第八
明治39年2月3日

 清楚淡白なる日本人の性質として、清雅瀟麗なる淡白の水彩畫を好尚するは寧ろ當然である。この先天的性質は日本の自然即ち風景より尠なからざる感化を受けて居る。
 日本は細長き一大島國にして氣候温暖なり。地質は火成岩及び水成岩で出來て居るから、名山奇巖は至る處に點出され、天工の絶妙を極盡して居る。加ふるに四面皆海、寒暖に潮流の駛走、或は貿易風季候風が水蒸汽を拉し來て降雨適量に、草木發育して其の種類至て多く、美しき花は其の季につれて到る處に開發し、又は水蒸氣に依て起る話現象は、雨となり雲となり霧となり霞となり雪となり霜となりて月雪花の勝地は何處にもある。譬へば日本を裸體とせんか、古希臘にありて體格の美を誇示した圓滿なる發達をなせし勇者の如く、或るものはビーナス女神の如く裸體既に美を盡せり。この美なる裸體に纒ふものはそも何であるか、春にありては婉麗なる花、殊に他國に見ざる日本絶特なる櫻花の爛慢たるあり、夏にありては滴るばかりなる瀟灑の蒼翠は、潤潔を帶び欝として全面に纒ひ、瀟洒なる霜葉の秋之れ又他に見ざる日本の天惠である。純潔なる雪の冬等時々に新しく脱き替へる華麗無汚の衣である。衣又既に麗を盡せり、美しき體に美しき衣を纒ふたら恐らくこれ以上の美はあるまい。その上彼はくさぐさの花より發する天香を放ち彼のさゝやきは百鳥千鳥の囀歌にして天樂を奏するやうである。これが日本帝島國にして、これを何と形容すべきか、優和、婉美、明麗、温軟、瀟洒、清雅、淡白、瀟灑、あらゆる形容詞を並べねばならぬ。實に日本の風光は美の精である。造化は世界の國々に見ざる天工の美を日本國に鍾めたるなり。一と度日本に遊びたる外客は讃美のあまり宛然たる世界の美園國といふて居る。殊に日本の地域が狭小であるから、人の膽を奪ふやふな巨嶽大河斷巖絶壁なし、狭小なる温雅優美の景に富んてゐる、かゝる風光に圍繞されたる日本人の自然美嘆賞の念があふれて、或は短詩となり、或は短歌となり、或は淡泊なる繪畫となり、又は音樂となるのである。日本人の性情が濃厚繁縟を嫌忌して之れ等を排し、蒼翠潤澤清浄潔白たる秀麗の風光に感化されこゝに日本的一種の特調を凡ての上に現はしたのである。(つゞく)

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