鉛筆畫について(丸山健策氏講話の大要)


『みづゑ』第九
明治39年3月3日

△物を描くには種々なる材料あれど、尤も輕便なるは鉛筆なり。物の輪廓は線によつて現はすもの故其點より見るも鉛筆畫の研究は必要なり。
△繪の第一歩は線なり。腺を別つて直線と曲線との二つとす。而して天然物は総て曲線より成り、人造物には概して直線多し。
△美の要素を多く含めるは曲線にして、天然の美なるは物皆曲線より成立すれはなり。
△直線は人の眼に入り易し、即ち曲線より成れる眼に反對すれはなり。
△人の注意を惹かんとする時、印ち廣告などの圖案には多く直線を用ふれは日的を違し得べし。
△直線は平易。曲線は複雜。是を色料に譬ふれば、直線は赤や緑の如く單純なるものにして、曲線は茶や鼠の如く澁きものなり。
△文明の建築は多く曲線より成り、野蠻のそれは直線に限らる。希臘埃及の建築には殆と直線を見す。日本の建築にも樣式の進みたる神社佛閣の如きものには圓柱欄干等に曲線美を見出すべし。
△繪を學ぶにも直線より曲線に入るは順序なり。兒童の片假名より平假名に移るが如し。
△西洋畫の教へ方は曲線を畫くにも直線よりす。假令は圓を描かんとするには、最初に直線にて四角を作り、其中に對角線を引て中心を作り、更に四角を八角にし、十六角にし、三十二角にし、而して後圓形なる曲線を作るなり。
△故に今一の花を寫さんとせば、初めより花瓣の形などを曲線にて寫さず、角丸を捕へて直線にて五角形なり八角形なりを作り、夫を漸々圓味をつけて曲線に直すべく、かくすれば容易に實形を摸し得べし。
△物の輪廓を畫く時此方法を用ふれば、自然後にゴムにて消さねばなちぬ線の多くを生ずベし、これを虚線といふ。虚線は物の形を正確に寫すといふ目的を達する爲めには多く畫くも不可なし。
△虚線はなるべく輕く淡く畫かざれば後に畫面を汚す憂あり。或人は輪廓の時は二本の指にて鉛筆を持つといふ。夫にも及ばざれど、兎に角淡く畫きおく時は後に消し去るに都合よきは勿論なり。
△次には明暗なるが、『光線なければ繪なし』といふ如く輪廓に次て大切なるものなり。
△明暗即ち鉛筆畫に於ける濃淡は、物に奥行をつけるに欠くべからざるものなり。而して濃淡の度を通常五つに區別す。
 1高照2半明3中位4半暗5陰影
△高照とは尤も強き光部を指す。人の顏なれは眼中の如し。ビール罎の醐角の白く見ゆるも同し例なり。
△半明とはそれに隣する明るさにて、中位とは讀で字の如し、半暗は中位より暗く、影陰とは尤も暗き部分を指すなり。
△一の線にて明暗を別つには、光線の來れる方を細くし、陰の方を太くすべし。
△線と濃淡、これさへ自由に畫き得れは、鉛筆一本にて如何なる物の形をも充分に説明し得ベし。
△鉛筆の持方は種々あれと、通例四十五度の角度に持つを便利とす。
△鉛筆の削り方は鋭利なるナイフにて三角位ひに削りとるを便とす。尖を細く丸くするは不可なり。そして使用の際は尖を廻す事なく、常に平たき太き面と細く鋭き面とを有するやうにし、一々ナイフを用ひずしていつにても細くも濃くも線を引き得るやうに用意されたし。
△教師なくして臨本を摸す時は、自己の眼は正しからざるもの故、其正否を見るには、光に透して裏面より見て臨本と比較する時は誤れる點を見出し得べし。
△臨畫中、畫板を上下左右に廻す事は避けざるべからず。夫故臨本を摸す場合には、左の上部より筆を着けて右の下隅に終るベきなり。かくする時は畫面の活るる事なかるべし。
△寫生の際は一部分より仕上げるといふ方法は不可なり。目的物より寫し始め、而して最後は尤も黒き陰影に終るべし。
(以上水彩畫講習所に於ける丸山健策氏講話の大要)

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