色彩應用論(三)樹木(下)

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榕村主人
『みづゑ』第九 P.4
明治39年3月3日

 樹木の色は非常に種類が多くて、或物の如きは、緑といふは名のみの鼠や紫が大部分を占むるものがある。樅族の如きこれである。全躰に暗いので、日光に照されても、光部が中和色である。遠方に於ても仝じである。この色を描くには半不透明色を用ゐる。
 例之は輸を描くとすれば、最初に充分な透明な豐富な色彩を以て描いて、寧ろ固い位にする。木の葉を仕上くるには、最大暗所と最高明所は素の如く存して置くのである。で色彩を種々の度で施すので、木葉の紛雜なる樣が増して來るのである。そこで枝を描くのである。この傅色には生命と眞實とがなければならぬ。もし木葉が餘り明白で、強い確な色や蔭影てあると、木葉よりも枝が前方へ出るやうになる。もし不正確にすれば、木が重く偏平となる。枝は幹から突出して、木葉の中を自由に縫ふて居つて、木葉の明所の裏に見えるので、その色は木葉と光線とに依て、大部分の影響を受けるのである。木の枝も確に描き、木の葉の最高明所も出來した處で、其形を除去るといふことが、大いに助けとなり不透明となるのである。その法は水を塗つて、それを吸取紙で吸取つて濕氣ある處を、空の明るい方から木の葉の方へと拭ひ去るのである。かくすれは空を汚さずに仕上がる。拭ふものは布か護謨てよろしい。その中の或物は豐富な透明な色彩を再び塗る。他の物は猶冷い調子にする。それが木の葉や枝全躰に、深いもしくは暖い色を加へて、影を透明さして、冷たみや黒みを除くのである。於之樹木が略完成に近づいたが、木の葉の先が固い。これを調和さするには水の筆で前の如くに拭ひ去るのである。それから下枝遠く見するには、フレンチブリユーとレツドの種類とを重潤すれば、やゝ冷い鼠の調子が出來る。
 さて畫架を離れて、自然界を見るが如き、適度の距離で、今迄の骨折を忘れて、清新な公平な眼で觀察する。その調子、感じ、表情等宜しきを得れば、木葉を通じて、閃光を與へる爲に、ペンナイフの先で紙を掻く、この方法で幹や枝の翰廓をより明かに顯はさすとも出來る。また最近い枝を前の方に突出すには、ペンナイフで掻くか豪たはボワイトとネープルスかレモンエローで描く。
 樹木の蔭はその色彩と濃淡に依つて異る。木の葉の單一なものや、または一團々々より生する明暗の關係は、初學者の判別に苦しむものである。壁に接近した木の葉の影は、木の葉と同じ形であるが、一ヤードもしくは二ヤード離れた影は輪廓が不定である。角ばつたものが丸くなつて居る。それから極めて隔つて居る木の葉の影はその形が朦朧として見定め難い位である。如斯で近い影は角であれば、角に映るが、遠くなると丸い形となる。これは明暗の原因である太陽の外觀の大さによるのである。例之は戸に五分位の丸い穴を穿ちて、光線を通すと、近い處では仝じ大いさの丸い形が映るが、猶離れば離るゝ程影が朧になる。丸を三角に換ゆれば、近い時には仝じであるが、遠くなると角が取れて映る。木葉の影もこれと仝一理である。
 さて緑色の種類に戻る。インヂゴーは水彩畫に於て緑色を作るには最も必要な色である。時にはコバルトブリユーに少量のインヂゴーを混する事もある。プレシアンブリユーは最明瞭で透明である。またフレンチプリューやオルトラマリンを用ゆる事もある。インヂゴーにガンボーヂを交ゆれば、氣持の好い自然の調子を得られる。インヂアンエローと交ゆれば、強い活溌な調子となるが少しく濁つて不透明の傾がある。この二色は夏期の色に適する秋期の色にはバーントシーナを加へる。インヂゴーとローシーナとで和かな不定の緑が得られる。水の最初に塗る色に必用である。
 プレシアンブリユーやコバルトと交へると、調子が變じて純清で透明となる。クリムゾンレーキの少量を加へると、水に好くある不定の鼠の緑が得られろ。
 インヂゴーとブラオンピンクとて、調子の充分透明な緑が得られる。ブルユーとエルーとの調合の度で、暖くも冷くもなる。しかし豐富な秋の調子を得んとには、透明色即ちガンボーヂ、ブラオンマダー、或はインヂアンエロー、ローズ或はパープルマダーを重潤するのである。
 フレンチブリユーやコパルトとで作つた緑はインヂゴーのよりは空氣を含んで居るので、遠方の森を描くには最必要である。
 樹木等の緑に變化を與へる爲に、前景の草の黄強ちな調子の薄れて行く處に、セビヤとガンボージ、インヂアンエロー、ローシーナ等で作った緑を用ゐる。
 樹木の幹や技の蔭は木の葉の色の如き著しい變化はないがその特性ともいふべきものは、概していふとぶな木の葉よりも調子が深い。樺、山毛欅、白楊、秦皮、等は例外である。それも周圍の木葉の關係で暗い鼠となることもある要するに黒い色即ち餘り深い定つた色のヴァンダイクブラオンの如きは避けなければならない。しかしヴァンダイクブラオンの如きも少量のインヂゴーやコバルトと交へると、甚だ必要な色が得られる。ブラオンマダーはそのまゝでは餘り豊富で光があるが、少量のエローオークルやアイボリーブラツクを交へると、眞實自然に近い色が得られる。また、インヂゴーやフレンヂブリユーと交へると、冷い影に可なの色が得られる。バーントシーナもこれと仝じである。インヂアンエローと混ずると枝や幹の影の深い苔る縁の色を得られる。
 總じて樹木の緑は種々な繪具を以て作ることが出來るが、水彩畫には殆と透明な色を撰ぶ。で一般にブリユーとエローとで種々に調合すれば、種々な緑が得られる。しかし其内には不變色でないものもあるので、先つガンボーヂかインヂアンエローとインヂゴーとで得られる。調子の深いものには、インヂゴーとブラオンビンクとで豐富な自然の緑が得られる。
 終りに一言いふべきことは、總じて木の葉には汚濁の色を避ける事である。(完)

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