轉々 米國の水彩畫

やぶうぐひす
『みづゑ』第九 P.15
明治39年3月3日

 米國の水彩畫
▽この間渡米協會の山根氏が來られて水彩畫の話をせよとの御注文、その時お饒舌をした事を少々御聞きに入れやう。
▽アメリカの水彩畫は現時は充分發達してゐるとは云へないが歐洲大陸のそれよりは進んでゐるかも知れぬ、併し英國とは比べ物にならぬは勿論である。
▽何でもそうであるが水彩畫もアメリカの西部に居てはよいものは見られない。一度桑港のある商店で某氏の小展覽會を見たがそれは可なりよかつた。美術學校生徒の作には殆どよいものを見ない。
▽高橋勝藏君の居た頃にはよい教師があつたと見えて氏の作には實に立派なものがある。
▽シカゴ、ニユーヨーク、ボストン、フヒラデルフヒヤ抔には何れも水彩畫協會もあり水彩畫のみの展覽會もある。そして將來益々發達してゆく氣運が見える。
▽アメリカの美術は或向には非常に輕しめられてゐるが、私は只今でも侮る事は出來まいと思ふ。現在知名の畫家は多くは一度巴里で修業した人達ではあるが、將來は世界美術の中心がアメリカに移るやうに思はれる。
▽世界の名畫で金で買へるものは皆アメリカに集まるといはるゝ通り、年々アメリカに入込む新古の繪の數は夥しいものである。
▽デトロイトの美術館にムリヽヨの繪がある。カタログを見ると數年前八万弗で求めたとしてある、其後巴里へ往たらルーブルの博物館に古色を帶びた同じ繪があつた、それでデトロイトのそれは模寫であつた事がわかつたが、コピーにさへ八万弗出す勢であるから終には金力で世界の美術品を集めねば止まぬであらう。
▽歐洲大陸の諸國にも水彩畫の尤物は澤山あるが、尤も勝れた繪の多いのは矢張り英國である。
▽リヴァプールの美術館には澤山水彩畫があるアメリカから英國へ渉る人はロンドン行を急いでこゝの美術館を見ないが、水彩畫斗りでなく油繪にも傑作が澤山ある。
▽日本は風景や何かいろいろの點が英國に似てゐる、そして丸山氏も説かれてある通り水彩畫に適してゐる國である。
▽歐米で油繪のよいものを見ると誰でも到底及ばぬといふ觀念が起る、實際其技術は絶頂に達してゐる。
▽併し水彩畫はまだ餘地がある。自分が見たうちには無論立派な作が多かつたが絶頂ではない、油繪には失望しても水彩には希望がある。
▽要するに油繪では世界第一の位置はとても及びもない事であるが、水彩の方は何世紀か後には英國を凌ぐ事も出來るかも知れぬ、我々はそのやうな天才の出んをを望んで身を捧げて水彩畫の普及を叫んでゐるのである。

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