囀々
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『みづゑ』第十
明治39年4月3日
△五號館もいよいよ取拂ひとの事だがこの秋の展覽會は何處でやるのかしら。
○展覽會も二三年休んだらよからう、あんなプラットホームのやうな建物は無くなった方がよい。そうすれば自然より立派な會場が出來やうから。
□展覽會に追はれて、未製品やら一夜漬を出して責を塞ぐ人も少なくないが、それ等の人の爲めには二三年休んで徐々と傑作を作らせるのもよからう。
△二三年繪を見せなかつたら世間の人達に繪の有難味がわかるかも知れない。
○近來洋畫の盛んなるは驚くべしで、美術學校の入學者は大半洋畫に赴くといふ始末、今年は撰科はたつた二人だけしか募集しないとの話だ。
△もう十年もしたら世界を愕かすやうな大家が盛んに出る事であらう。
○此頃僕は何となく動いたものが畫きたくなつた、東京市中の狭くゴタゴタした處に屡々好畫題がある、あれをやつて見たい。
□神田川筋、御濠端、下谷淺草邊などに繪にしたい處が澤山あるね。あの蒼黒い水、煙りの上つてゐる船、崩れた煉瓦塀の色、土管の毀れなど暗い澁い色のうちに何とも云へぬよい心持の趣きがある。
△船の煙りの中からボンヤリ船頭の顏が見えてゐるなんどお誂だが實に六づかしい。
○こいつを描くには今迄のやり方ではいけぬ。
□この間所謂御誂の場所でやつて見たが、同じ現象は十分間位しかない。空の色でも變ると、水は明るくなる、煙りは淡くなる、一切調子が違つて來てとても悠々としてはいられない。
○海があつて、松があつて、白帆が見えろなんていふ、所謂佳い景色が昔々には物足らなくなつて來た。
△矢張飽きるのかね。
○飽きるのではない進歩さ。
△丁度繪の初めたてに、所謂佳い景色に苦しむやうに、吾々も此新しい畫題には大苦しみをせねばならぬ。
□要ずるに此苦しみは非常であるが、それだけ面白い。今年はその方面へ發展したいものだが、市中の寫生は人だかりがするので閉口さ。
△實際市中を觀察して歩行くと、好畫題到る處にありで、わざわざ景色をとりに旅行するのは愚だと思ふね。
□勿論さ。吾々はよい繪を描いて來やうと思つていつも旅行しては失望したものだが、近來は遊びに往く考でやるから、樂しみも深く、時には思はぬ堀出物もある。
○繪は出來なくとも見聞で何かしら利益があるから旅行は止められないね。
□今度の『みづゑ』の表紙(第九號を指す)は殆ど白紙に型が打出してあるといふやうなものだ、あんまり澁過て是では人の目につくまい。
○近來は雜誌の表紙といふと出來る丈け俗惡に花々しいもの許りだから、其間に挿まつたら却て注意を惹くかも知れない。
△目についても着かなくつても、美術雜誌は讀者が極まつてゐるから一向御構ひなしであらう。