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『みづゑ』第十二
明治39年5月3日

□前號にも一寸御披露致置候沼田氏寄贈の金は、本誌の擴張に使用致候へば、毎月寫眞版一枚を増すのみにても一ケ年にて盡くべく、若し石版を増せば二三ケ月より繼續出來不申候う夫故、本誌の講話及挿繪の材料となるべき美術書及畫帖の類を購入致す事に決定致候。
□讀者諸君のうちには本誌の發展を望まるるあまり、紙數や挿繪の増加を急激に希望せらる々方々も有之候へ共、前々より申上候通り時間も經濟も共に餘裕乏しく、自然進歩の遲々たるは吾ながら殘念に存居候。
□諸君の御催従なくとも、本誌は出來る丈け理想に近きよき者に致度希望に候まゝ、些少なりとも餘裕の出來次第挿繪の増加を勉め居候、其發達の程度は本誌第一と、近刊の諸號と御比較相成候はゞ思半に過る事と存候。
□本誌の如きは幸に他の美術雜誌よりは發行部數多く候へ共、夫とても多寡の知れたものにて、寄稿家への報酬は元より編者の車代すら餘すの餘地は無之候。又之を得んとする心も無之候。
□併し挿繪の多き雜誌は、刷高が増せば増す程廉價に出來上るものにて、假に現在の發行數に對し五割を増すとする時は、慥に猶石版畫一枚を加え得べく、若し十割を増せば三枚を多く附加し得べく候。
□故に若し諸君にして、此上本誌の進歩を望まるゝに候はゝ、讀者一人につき別に一人宛の購讀者を勸誘せられ度、さすれば前記の通り紙數も挿繪も増加し得べく、編輯專務の人をも雇ひ得べく候。
□本誌編者は爾後益々本誌の發達を圖るべく候に付、讀者諸君も共に盡力あらんことを希望致候。
□本號の口繪は、特にロンドンに照會して持主の詐容を得しものに付、無斷複製は御斷り申候。

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