色彩應用論[四]建築物及荒跡

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榕村主人
『みづゑ』第十三
明治39年6月3日

 建築物の精確な規則は風景畫家には、必要はないが、或る度までは建物の様式性質等を知つて居らねばならぬ。概していへは建物といふも田舍家の如きまたは荒跡廢屋の如きものがよいのである。多年の風雨に荒廢したもの、または蔦葛や雜草石等に半ば埋れた樣を大膽な勢ある筆で色彩及明晦の勢等を描けばなかなかに趣あるものである。
 田舍風の家屋も美術的の見地からすれば、歪んだ形の古いのが上々で、規則正しい建築物は好ましくないのである。色彩に於ても古色の蒼然たるものがよい。古城城門等もまた趣あるもので、質朴なる農家の美しさに對して遜色のないものである。建築物の新しのばかりは甚だ無趣味なものであるから、畫家は時日風雨等の手によりて荒廢さるるのを待つて滿足するのである。建築家は建築の總ての部分を保存しやうとして居るが、畫家は可成重復した部分は、蔦荊刺、樹木等で覆ふやうにとし居るのである。樹木は實に荒跡廢屋に面白き聯想を與へるもので、その形の丸みや色彩の變化等趣きあるものである。ブライス氏がその著書中にいふには、『畫家は樹木を荒跡廢屋にあしらふのなみらず、壯麗な家屋にも配するのである。でこの樹木を建築物に配することは、大いなる墜化と美觀を添ゆるものである。で規則正しい、醜いものでも、これが爲めに美麗となるので。』
 次には建築物の色彩を研究せねばならぬ。これは勿論建築された材料に依て變化するものである、石材の淡い黄から煉瓦、瓦等の深い赤や鳶色等に至るもので。暖い鼠色が、更に暖い色で變化されたもの、即ち周圍の樹木の深緑に對した處などは甚だ氣持の可いものである。時には砂石の豐富な調子も佳いもので。荒跡等では濕氣の爲めに含緑の黄色となつたのは可いものであるが、人の住んで居る家には見られない圖である。
 例之は爰に洋風の田舍家を描かんとならば輪廓を描いた上へ、最初極端に暗くなくまた極端に明くなき中位の暖い鼠色を達筆に塗る。此色で普通の調子を施して、後種々の色で塗る間に、正しい形角を殘して置くそうして岩や石の形を作つて、輝いた光部を殘すために一定の色彩を使用して、調子を低くめるのである。こゝに色を換えて豐富な暖いバー、ントシーナかエロー、オーカー等を使用して、輝いた光部を殘す、これは淡灰や新しい瓦等を顯はす爲めである。終に深い調子と投影を附ける。で或部分は鼠色か緑色の調子に重潤する。屋根の遠方の邊が餘り固つかつたならば、そこに水を點じて畫用の布で拭去るのである。淡灰や其他淡い色の石造の建物の調子はエローオークルかまたはエローオークルとブラオンマダー、エローオークルとセピア、ブラオンマダーとインヂゴー等冷い色の度に應じて模倣することが出來る。エローオークルの換りにローシーナを用ゆれば夏に透明な色が得られる。これはやゝ緑色を含むやうになる。花崗石、石盤石等の如き深い色の石はライトレツド、インヂアンレッド、プラオンマダー、等とセピア、インヂゴーを合せて用ゐる。やゝ冷い調子にはヴアンダイクブラオン、セピア等とインヂゴー、またはフレンチブリユーを合せ用ゐる。同じ者にレーキかパープルマダーを加へれば、暖みを少し増すのである。煉瓦や瓦は新しい者は甚だ沒趣味な者であるが、時代がつき、蘇苔が生じ、煤煙等で色が黒ずむやうになると頗る雅數あるものとなる。で色の淡い方には、バーントシーナとエローオークル或はインヂアンエロー、ブラオンマダー、ライトレッド、セピア等を混じて塗る。影には豐富な暖い鼠色を用ゐる。即ちバーントシーナとヴァンダイクブラオン、ブラオンマダー、パープルマダー、またはインヂゴー或はフレンヂブリユー、ブラオンマダーとエローオークルとブフツクとで塗るのである。
 中景の建物を描くには、筆つきは仝じ確實した處があつて、色も同じ割合でなければならぬといふことを腦裡に記して、置いて色彩を餘り強くなくして鼠色に傾いたものを用ゐるのであるが、緑や角は同じく明確にするのであるこれは線でせずにやはり色の縁や角で形成しなければならぬ。例令は四分の一哩位の處にある城廓を寫すとすれば、城壁が鼠色の石垣で種々な角度になつて居るのにはやゝ冷い色でなくてはならぬ。これにはインヂゴーとブラオンマダーとの筆の先に夏にセピアに浸して描けば、縁や角の色が一筆で出來るのである。荒跡の光部にはエローオークルまたはローシーナ等を重に用ゐる時に依てバーントシーナまたはブラオンマダーで變化させるのである。或時に石が深い鼠色の場合はインヂゴーとブラオンマダーかセピアを用ゐる。』
 生地の木製の建物は多くは鼠色であるが、空氣や遠隔の爲めに鼠色に見ゆるのとは自ら異る處があるでこの場合はコバルトプリユーを使用するのはよくない。フレンチブリユーとインヂゴーがよいので。木の淡い色には、エローオークルとセピヤとインヂゴーもしくはブラツクを用ゐる。この色にチヤイニースホアイトを混するとやゝ不透明となる。ライトレツトもしくはインヂアンレツドとインジゴー、ヴアンダインクブラオンもしくはセピアとインヂゴーもしくはフレンチブルユー、バーントシーナもしくはブラオンマダーとフレンチブリユー等も要用な色である。時には影の如何に依て其色も變化するので、ローシーナやブラオンピンクを用ゐれば暖く透明な色が得られる。時には一部分を拭去つて、暖味を加へることもある。藁葺屋根の時代のついたものには、エルーオークルとブラオンマダー、ローシーナとパープルマダー、エローオークルとセピア、もしくはインヂゴーとブラオンマダーもしくはクリムゾンレーキ等で適當な色が得られる。

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