初學者の繪[陰影と日向]

大下藤次郎オオシタトウジロウ(1870-1911) 作者一覧へ

大下藤次郎
『みづゑ』第十三
明治39年6月3日

○初學の人の寫生畫によく見る缺點を擧げて、それを救ふ手段を少しく説いて見やう。
 〇一番多く見るのは影日向の區別の判然してゐない繪である。一點の雲もない晴やかな蒼空の繪て、地上の物體には少しも日が照つていないのや、空が墨のやうに暗くありながら、下の景色は日向でなくば現はれない明るい暖い色の大部分を占めてゐる樣な繪がある。
○たまたま影日向の判然した繪があつても、太陽が前にあるのか後にあるのか、右か左か、其所在の少しも分らぬものがある。
○陰影と日向との區別は、畫を成す上に最も大切なものである此區別の正しからぬ繪は、物の形が充分に現はれず、平面に且曖味なものになつて、隨て自然の有樣を寫す事は出來ない。
○日の照つた處を寫すに、三四時もやつてゐるうちには、物の影の形が變つて來る。最初に注意して影の形を寫して置かぬと遠景は八時頃で、前景は十二時頃といふやうに、時間の一致がなくなる。
○この弊を避くるには、最初寫生に取かゝつた時、陰影と日向を判然區別して陰影の部分はある透明色を一通り塗つて置けばよい、勿論其色は、他の繪の具を上に塗つても後に害にならぬものでなくてはならぬ。○影にある白色のもの、即ち障子のやうなものは、日向の部分に比して隨分暗いものである。これ等はやゝ暗過たと思ふ程強く塗つて差支ない。
○總じて陰影の色は、稍強過る位ひでも、段々描き上げてゆくと丁度よくなるものである。
○影日向の區別を現はす事を稽古するには、先づ明暗の堺の尤もよく見ゆるものを材料として研究するがよい。前號寫生の話にもいふた通り、桶とか、井戸端とか、石燈籠とかいふものが尤も適當で、追々進んで建築物などに移るのである。

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