目白の原

_眼兒
『みづゑ』第十三 P.15
明治39年6月3日

 雜司ケ谷の鬼子母神より南ヘ二三丁、目白停車塲の東に學習院用地の廣大な原がある。土地は自然に高低を成し、頗る樹木の種類に富んでゐる。南の方は崖で、一帶の稻田を挿んで戸山に對し、甚だ眺望がよい。停車塲の近くには、水は濁つてはゐるが可なり大きな池もある。春は若草の緑やさしく、美しい草花で地も見えない處もある。煙るが如き新緑の頃は最もよく、樫の紫を帶びた緑、椎の茶褐色、栗や欅の深き緑、杉の白緑、柿の緑の暖かに黄なる、皆それぞれ趣があつて、研究には此上もない時期である。夏は繁りて暗き森の中より、緑草の明るく透けて見える處や、蔓りわたる雜草の中を、タケニグサの群を拔て我は顔なる。秋は一面の薄原、樹々の梢も色變りて面白く。冬は白茶色の淋しき草原に、常磐木の大樹ところどころ。何れか寫生の好材料にあらざるはなし。樹木や草を描くに苦しむ人は徃け、往て此豐富なる材料を寫して、植物寫生の趣味多きを悟り給へ。
 

夕暮一等大橋三平

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