寄書 夕暮
波志津女
『みづゑ』第十三 P.18
明治39年6月3日
『兄さん…』力無き微かな聲去年の春眼病にかつて父母や我やはた愛らしき自然の風景さへ宅見る事が出來無く成つた今年十五歳の愛弟。
『何して居るの又スケツチ!』
『ハヽヽヽヽ』後は得云はず畫筆を置いて弟の方を向けば凹んだ眼涕の二三ヽヽ。
我は立つて畫架を疊み南の小窓を開けた。せめては去年まで我と共に三脚据えた落日の美を影ながら見せ樣と思つて
今迄コバルト色の空は地平線に接する所はパルミリオyとガンポーヂ色に上部は一面にオルトラマリンと成つて數々我等の畫題と成つた天神の森は異樣に輝やいて居るのである。弟の蒼白い顔までが紅色に…。
『未だ日は暮れないの?』
我は答へ樣とすれと言葉無く涕は頬を流れた折から臺所の方で妹の聲
『兄さん御飯ですよ』