花の水彩[三]花と昆虫
丸山晩霞マルヤマバンカ(1867-1942) 作者一覧へ
丸山晩霞
『みづゑ』第十五
明治39年8月3日
花を描きて、それに生物を添加して、趣味を深くする事がある。譬へば菜花に蝶を配し、藤花に蜂を配するなどで、畫者の注意すべき事である。吾は人々の畫を多く見しとき、折角寓生して出來た畫に、想像にて生物を添加し、その花と生物が適合しないので、折角苦心にて出來た畫もそれが爲めに害してしまう、かゝる不自然の書を多く見た、又多くの人は細微の點まで注意せずに描寫するものが多いが、これは實に遺憾の至りである。譬へば早春の花に蜻蛉を配したり、又は揚羽の蝶を配するなどであろ。これは畫者の注意を缺けるものと思ふ。吾は花と昆虫に就て聊か研究した事がある。早春に咲ける花はすでに述べた通りで、早春の花に來たる昆虫は至て尠い、蜜蜂と胡蝶位である。昆虫には各々保護色のありて、胡蝶は黄色と白色に限られて居る黄白の花をあさり廻る爲めであらふ。蜜蜂の色はあまり花に似ざれど、自然界の色には宜く似て、その飛びゆくのは吾等の眼に゜も見えぬ。揚羽の蝶の美しき種類の現はるゝときは、自然界も深緑となり、花も紅紫のものが咲き滿ちて居る。その頃は蝶も蛾も、美麗な斑文に美しき色彩を持てるものが多いのである。赤々とした百合花に胡蝶を配したら、如何にも不自然で釣合はぬのである、元來花の咲くといふ目的は、實を結んで繁殖するといふので、花の麗はしき色は昆虫の眼をひきつける爲めで、昆虫の媒介に因て結實するのである。昆虫を引きつける事の出來ない、眼にたゝぬ花には芳香が深いので、香に因て昆虫を引きつけるのである。麗はしき色の花程香が尠い、昆虫の媒介にて結實すると、保護色を'帯びて昆虫を避け、漸々熟すると黄紅の色を帯び、この色は昆虫又は鳥などを引きよせ、繁殖の媒介を爲さしむるのである。自然界の事、造化の活力、責に驚くの外はない。花に昆虫又は小鳥等の集るのは、季節の花に因て、昆虫迄が違ふのである故、大に注意を要して描かねばならぬのである。