寄書 スケッチ及スクラップ
靜遠
『みづゑ』第十五 P.16
明治39年8月3日
一、習畫者のスケッチスクラップは猶、乞■兒の米袋のごとき乎、他人の眼には雜 駁にムサクロシク見ゆらんも而かも我財産と我生命とは、一に此中に在り
二、スケッチは大抵は梗概を速寫せる畫稿なりサレド時々一物(又は其一部分)を極めて精確に描寫し置く要あり、粗密相待ちて始めて修養に資すべし
三、樹木の嫩葉を描くに印度藍に配するに陽部にガンポッヂ。陰部にクローム、エルローを用ゐき昨の日曜寫生に鎭守の森の雜木の中に一樹陽部のクローム、エルロー色の強きが交りて爲に單調平板を破り生き生きした景物を作り居れるを見て今まで自己流の型を立て置けるを悔ゐき自然の師は不言の中に我々を導くなり
四、大下先生の點景人物は女子は凡六頭高半。男子は凡七、〇‐七、五頭高なり用意の周到なるを見るべし某先生のは七、五-八、五頭高あり日本人の體格として高きに過ぐ某雜誌某氏作の假寐の婦人は其右手を曲げて頬杖つきたる樣なるが試に其手を測るに直立して指頭地を摩すべき比尺なりコハ手長猿をモデルに用ゐての作畫なるべし
五、一年中僅に三ヶ月を除けば其他は雪を見得る我が地方にては雪色の研究には天與の幸福を享け居れり雪色白からず千變萬化。トテモ十四色入の繪具箱では物足らぬなり予等は越後人の天職として藝用雪色美研究を勉めんかな
六、或る一の美しき色を作らんとするに所持の繪具箱中のドノ彩料を用ゐても面白からずして苦悶することあり試に其色は其儘にし放つておき周圍の色を塗り直ほす時は調和の上よりして目的の色に似寄りて見ゆる樣になることあり其物の色を研究するは大に可、而同時に相隣接する色をも併せて研究すべきものにや
七、わが友口を揃へて日ふ「コノ年になつて畫でもあるまい」と予が年四十今後尚二十年の學習期間あり友又日ふ「兎角時間が無い」と予が執務は一日十四時平均なり六時の睡眠三時間の讀書及一時間の習畫の餘地あり友等のいふ所は時と年とに非らずして志の有無に關することなり
八、奇想天來は不折氏なり筆跡奔放に過ぎずや紙背に覺猷僧正の姿朦朧として現はる。三宅克巳氏に型を極め過きすや和田外面氏渡邊審也氏西野猶久馬氏ナドモ・・・・・。其作一枚を觀れば惚れ惚れする樣なるも數重ね度重ぬるに隨て其單調に飽くなり。丸山晩霞先生の畫ドシドシ出るは有り難し取材面白く筆力の雄渾豪爽能く我萎靡せる氣力を奮起せしむ但何處となく理財に疎き性絡が見ゆるなり實際は如何にや。眞野默念先生の畫を觀ると自らノンキとなり。汀鶯先生の畫に對しては自ら謹嚴の心持ちとなる。
九、春鳥會幹部には常に平和の氣滿つと思ぼし而るに「忍ぶ戀地」や「怖しきもの」ナド云ふ嶮呑な合作はドゥして出來たか外部の者には分からず
十、大下先生のスケッチ物も稀には新聞雜誌に、載せて頂きたい者なり月一回のみづゑ其他の雜誌の一二のみにてはヨリ多く見たき心山々なるも無理ならず但先生の御作中の飛鳥は常に姿勢單一に見ゆるはマダ素人眼の届かぬ故にや同し斡部にても他先生の飛鳥には變化あり