色彩應用論[五]岩石と水

榕村主人アコウムラシュジン 作者一覧へ

榕村主人
『みづゑ』第十七 P.5-6
明治39年10月3日

 岩石と水とは繪畫の前景の大部分を占めるものであるから、これを研究してスケツチする必要がある。素より地質學の細目に入るの要はないが、その大體に渡りて、岩石等の繪畫的の外觀を極はむる必要はあるのである。
 前段樹木の條で説いた如くに、岩石を描くにも、其種類の異なるに從て描法も異にせねばならない。岩石といふも常に其石質の色を呈しては居らない、風雨の爲めに蘇苔蒸したり、或は其他の影響で外觀が仝く變ツて居るのもあるのである。
 岩石を研究するには、海岸または渓流にありて水の爲めに洗はれて居るのが可いのである。これは土や植物の衣を剥取られた赤裸々のまゝを觀察することが出來るからである。トウイニング氏曰く、『凡そ岩石の大部分の著しい特性を見るには、先づ地層の如何を検するにある。でこの地層の如何は遠方の山でも、肉眼を以て判じ得られる。其岩石の性質から及ぼす影響や、或度までは形状等をも見えるので、山の傾斜の度や地層の淺深等をも極めることが出來る。例之は赤砂石で種々な形の山を覆ふて居る場合には、その著しい點といふのは、頂きが平坦で、深い峭壁の間に緩い傾斜の平原がある。この平原の傾斜は常に赤砂石の地層で平行して居るものである。』山や地面の崩潰した跡等は、この地層やその上を覆ふて居る植物等を研究する好機を與ふるものである。また道路の切割リも然りである。
 岩石もその種類に依て、これを繪とするのに、性質が明確であるとないとがある。例之は石盤石の如きは、層の発達も著しく、形等も他の岩石と異ッた處がある。總してこの種の岩石は種々の方面から見れば、各形が變はッて居る、一方は廣く見える、他方からは無數の縞があるといふので。色彩は冷い鼠色であるが、層の並行した線等が、兎に角に甚だ美しいものである。
 花崗石は普通角ばツた形であるが、永き歳月を風雨に晒されたものは表面が滑で圓形となツて居るものもある。色は二種あツて、一種は冷い鼠色で一種は暖い鼠色である。共にその色は色彩の小さな點々から成ツて居ツて、遠方から見ると全體に色があるやうに見える。しかしこの色彩の調子も蘚苔等に依て異る場合がある殊に濕地にあツたり、一部分が埋れて居ツたりする場合に多いのである。
 石灰石は其他の岩石に比べて、形や色に變化が多い。最初は冷い鼠色の調子であるが、風雨に曝露されて居ると、漸々に暖かになり、豊富となる。かくなると風景の美を一層高める、ものである。ターナーの筆、「ラルウォース、コーヴ」はこの石灰石を描いた好例で、その波紋、線條を明に寫してある。
 砂岩が蒼白な鼠色から變じ農富な色となツたものは、エローオークルとアイヴォレーブラツク或はエローオークルと少量のインヂゴーとクリムソンレーキとで模することが出來る。ブラオンまたはパープルマダーの深い調子にはフレンチブリューを用ゐ、またはローシーナで變化させることが出來る。
 要するに岩石の種類は甚だ多様であるので、一々細目に入りて悉く模寫することは不可能であるから、能くその岩石の特性を見て、これを腦裡に明確な印象を刻して、それを描くのが可いのである。勿論岩石の自然に對して寫せといはゝ足るのであるが、初學者に對しては猶一言こゝに述ぶるの要はあるので。岩石の通有の特性は、角だツた形で硬性で、不透明であるので、これをば必ず線と色彩とで模さねばならない。實をいふと水彩繪具は油繪具に比して岩石を描くにはあまリ宜しくないのであるから、周到の注意を以て描かねばならないのである。(つゞく)

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