色彩應用論[五]岩石と水(承前)
榕村主人アコウムラシュジン 作者一覧へ
榕村主人
『みづゑ』第十八
明治39年11月3日
岩石の普通の調子は質の變つた鼠色で、烈強な日光に照された場合を除いては、雲の鼠色よりは著しく暗いので。もし雲と同樣の色彩を以て岩石を描くときは、岩石は極く弱い薄いものとなる。であるからコバルトとレーキやコバルトとバーミリオン或はライトレツド、を用ふる換りに、しかも半透明はそのまゝにして、更に肉のあり力のある色彩を撰ばねばならない。岩石を描くには、細微な處や、明暗等に關せず、彩料を筆に充分に含まして、大膽に達筆に全體に塗ツて、これに更に變化と豐富な色を與へるには他の調和の好い色彩を前の色彩の干かないうちに幾度も重潤するのである。この方法に依ると、時とすると明かな形や角をなくする嫌はあるが、岩石の表面に色や光線の種々な量を顯はすことが出來る。
最初に岩石を描くと、色が餘り暗過ぎはせまいかと思ふ感じのすることがある。これは周圍の樹木や草等を描かないので、たゞ白紙と對照するからなので、頓て草木等の蔭等を描上げると、岩石の色が明くなるものである。多量な色彩を大膽に傳色すれば、筆力に雄健な趣が顯はれて、自ら厚みも出來る。陰影等を施すには、最初塗ツた色が干いた時に、透明な色彩で描くのである。時に依りて最初の色より暖い色を用ゆる時もあり、また冷い色を用ゆる事もある。インヂアンツレドとインヂゴーとの鼠色の岩石の上に苔または其他の暖い色のものを點するには、ローシーナとプラオンマダーまたはインヂアンエローとヴァンダイクブラオンまたはブラオンピンク等混交して用ゐる。これを加へるに當りては黒くし過ぎたり、冷たくしたりすることをせないやうに注意せねばならない。陰所の側に反射した光線を要する場合は、最初の色の部分を拭去ツて、他の暖い透明な色か半透明な色を塗るのである。
かゝる麗しい變化は最初から作ることは出來ない。で最初からこれを作ツてかゝる畫面が薄く弱くなる憂がある。故に割目や點等を後に作れば、自ら陰陽の變化や反射した光線等が明になり、厚さもその儘に保たれるのである。最後の補綴即ち水と布で拭去るとか、光線を出すため引掻くとかをして、透明或は不透明色の調子を附ければ、畫面が豐富となり變化が出來るのである。
岩石を描く色を左に。インヂゴーとライトレツド、インヂアンレツド、ブラオンマダー、またはバーントシーナとレーキとで冷い鼠色の調子が得られる。ヴァンダイクブラオンまたはセピアとインヂゴーまたはフレンチブリューとで緑色の調子の鼠色が得られる。暖い調子にはエローオークル、ライトレツド、バーントシーナ等とインヂゴー、またはフレンチブリューとで描いて、ローシーナかヴァンダイクブラオンにて重潤する。色彩を用ゆるには心中に透明不透明を心得て置く必要がある。また黒きに過ぎないやうに心を用ひねばならぬ。(岩石の部終り、次は水)