水彩畫を學ふの順序[三](夏季講習會に於ける講和の大要)

丸山晩霞マルヤマバンカ(1867-1942) 作者一覧へ

丸山晩霞
『みづゑ』第十九
明治39年12月3日

△これから、花を除いたる草木の色について、余の研究を陳べやうと思ふ。
△草木には各々異なりたる特有の色がある、夫故輩に木や草は緑であるといふやうな觀念を持つてはいけぬ。
△草木の色を四季を通じて研究すべきであるが、余は去年より今年へかけて夏の緑を研究した故、その結果を話す事とする。
△樹葉の緑、それは凡そ五つに分っ事が出來る。一、光澤ある黄勝の透明したる緑。二、光澤なき濃き緑。三、藍勝の緑。四、黄茶勝の緑。五、光澤ありて白く光る緑。
△第一の光澤ある黄勝の透明したる緑とは、初夏新緑の頃の緑で、木の葉の薄く透明したるものである。第二の光澤なき濃き緑とは、厚き葉で光が容易に通さぬ、柏及松杉の如き、櫻の古葉の如きは一例であつて、夏は大部分を占めてゐる。第三の藍勝の緑とは、柳、ドロ、朴の木の如き、葉が厚く裏が白く、表裏相映じて藍色に見える。第四の黄茶勝の緑は、常磐木の類の太陽に面した時よく現はるるもの。第五の光澤ありて右風光る緑は、研究に頗る苦心したもので、天氣のよい時花かと思ふ程白く、曇ると空か映じて白緑に光る「何の樹といふ事なく、凡て光澤ある葉に見る緑である。
△さてその描法、即ち色の出し方につき左に説明しやう。
△ァメリカの某畫家の、研究にはなるべく少數な色でやる方がよく、三色、即ち赤はローズマダー、黄はレモンェロー、青はコバルト、それ丈けで繪を描いた。この三色畫は中々流行したもので、コテコテ色を澤山使用したよりも、却て面白い結果を得たといふ事である。
△ホワイトを使用するは不得止場合に限る、色料はそう澤山入用のものでないから、類似な色や滅多に使用せぬクダラヌ色は澤山持たぬ方がよい。
△色には透明、不透明、半透明の別がある。自然の色が透明なら透明色を用ひ、不透明なら不透明色を用ふべきであるが、不透明色を用ひても透明に見せる事を得るものであるから、要は其感を充分現はし得ればよいので、繪の具は何でもよいのである。
△夏の緑は、通常青と黄との化合色で、黄は初夏に尤も大部分を占めてゐるが、盛夏でも猶黄の量は多いものである。
△黄は變色する傾がある、殊に雌黄の如きは永久の色ではない、古畫の蒼白なるは黄の飛散したゝめである。
△水彩畫に硝子を掩ふのは、其色を保護する點から必要である。濕氣を防ぐ爲めには、畫面を硝子へ直接につけずして、離す方がよい、マツトを入るのはよい事である。
△繪の具にパーマ子ント、即ら永久の稱あるものは割合に變色せぬ。
△彩料は、動植物及鑛物から製すもので、鑛物より作りしものが一番永久で、次は動物、植物性は多く永久でない。
△繪具の製造所は世界各處にあるが、余の知る處ではニユーマン製がよい、ニユーマンにては繪具を器械で造らぬと自慢してゐる。ニユートン製は廣く用ひられてゐるか、ロンドンの畫家は使用せぬ。佛蘭西製にもよく使用に耐えるのがある。
△さて第一の緑、即ち光澤ありて黄勝な透明なる緑を作るには、黄はパーマ子ントエローがよい、或はオーレオリンでもよい、これは光があつて透明な黄である。これにエメラルドグリーンを調合すると美しい緑が出來る。
△レモンエローにエメラルドグーイン、これでもよい、これは兩方共不透明ではあるが、日光の輝いた透明した感の色が出來る。
△不得止はガムボーヂとエメラルドグリインである。
△緑に多少赤味を帯びた時はガドミユームエローにエメラルドグリーン。
△森の中などの、樹や草の葉の薄きものには、多少の青味を帯ふるので、それにはアントワープルーにレモンエローを混ぜる、プルシアンブルーにガムボージでもよい。△エメラルドグリインは、白緑の不透明な色である、此色は日本の自然界に於てあまり見出さぬ、淺間の噴火ロの内部に煙のない時硫氣が發して此色が見える。
△エメラルドグリインは死色である、これを活かするに、少量の黄を加へると大によく、燃立つやうな色になる。
△美しき緑は、寫してゐるうち他の繪具で濁らす恐れがある、注意して堺をよくつけねはならぬ、一番安全なのは、美しく光れる處は、白く紙の地を残して置て、最後に清い色で塗るのである。
△第二の光澤なき濃緑色は、インヂゴーを重なる色とする。インヂゴーは夏に限らず、日本の風景を描くに欠く事の出來ぬ色である。
△インヂゴーは植物質の色である、日本繪具の藍棒を用ひてもよい、却てよい發色が出るが冬は用ゐられぬ。
△インヂゴーの中へ不透明な黄を入れると、光澤のない緑が出來る、ガドミユームエロー、レモンエロー、パーマネントエロー、クロームエローの類である。
△右等の色の缺乏した時の代用として、インヂゴーの代りにアントワーブルー、プロシアンブルーの類が用ひらるゝ。これ等の色は強烈であるから、是非ローズマダー、カーマイン、クリムソンレーキ或はパープルレーキの如き透明した紅色を混ぜて、色を殺さねはならぬ。
△此種の緑は大部分を占めてゐる、そして其濃淡のある中で、蔭の暗い部分には光澤がある、そこへ透明色なるイタリァンピンク、ローアンバー、ガムボーヂ、インヂアンエロー、ローシーナ等が用ひられる。
△蔭の中には猶一層深い色がある、これがなければ奥行が見えぬ、それは透明な紅色を用ゐるので、即ちパープルマダー、ブラオンマダー、カーマイン、クリムソンレーキの類で、ピンクマダー、ローズマダーもよい、但此二色は美しい色ではあるが、價が高く且永久でない。
△重潤する色は、サツプグリーン、オリーヴグリイン等がある。
△以上は近い距離の場合である。
△第三藍勝の緑、これもインチゴーが土臺で、少量の子プルスエロー、レモンエロー、クロームエロエーを混せ、時にエメラルド、インヂァンエローなどを混ぜるとよい、其蔭にはインヂゴーにオリーヴグリーン、夫にカーマインを加へる。白の小量を用ゐるもよいが、洗ふ方が猶よいのである。
△第四の黄茶勝の緑、即ち常磐木の日に照らされたる時、多くエローオーカーを用ゐるが、他色と出合ぬ。時として害する恐れがある、この際にはオリーヴグリーンが適當である。この繪具の佛國製チューヴ入はニユーマンの品より使ひよい、次にはカドミユームにインヂゴーを混する次には全然混せすに黄勝の緑を以て着色し、而して後ローアンバー、叉はローシーナを重潤してもよい、ライトレツドを薄く用ゐるもよいカーマイン、クリムソンレーキもよい、此色は一度では出惡いから、重潤する方がよい、パレツトの上で混せても出惡いのである。
△此緑の蔭には、インヂゴーにオリーヴグリーンの如きもの、ローシーナの類である。(つゞく)

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