着色の談
石川欽一郎イシカワキンイチロウ(1871-1945) 作者一覧へ
石川欽一郎
『みづゑ』第十九 P.5-7
明治39年12月3日
着色は即ち色の調子で有りますが、之れは使用する色の種類と混ぜ方とにより大に關係がある、Gambogeと云ふ黄色は透明で暢びの能い輕い色であるから、何にか緑色と混せれば、日向の草の色、若葉等に最も適する、又た花の色、果實の色にも能く使用しますが、缺點は變色するのと、色の薄ッペらなるとにあります、故にCadmium Yerrowを混ぜ用ゆると都合が能い、此色は肉もあり照りもあり、キヽの能い色であります、變色もしません、只不透明であるから前のGのように輕るくは行きません、此二つの色を一處にしたやうなAurelinと云ふ繪の具があります、之れならば一色で二つの代はりをする極好い色です、儂は少し高い、凡て此等の明るい色を塗る揚合には、第一筆がキレイでなければならず、水もキレイでなければならぬ、又繪具其物が全くキレイで無ければいけません、之れが着色の上に大に關係する、GambogeとかLakeとか云ふ透明な輕るい色は、少しでも筆や水に混りげがあると直ぐ感しる、又一度汚れて着いた色は、洗つて塗り直しても到底無駄です、ワルイ事は申しませんから此點に充分注意して、一つやつて御覽なさい、Light Redと云ふ色があります、又Venetian Redと云ふのもあります、似たような色であるがVの方が稍や輕るく、且つ明るい、僕は此方がスキですが、此色と他の青色若くは藍色と混ぜるには注意しないとネ透明な死んだ色が出る、Indian Redでも亦同様です、雲の灰色などには此等の三RedとCobalt又はFrench Blue或は時にIndigoと適度に混ぜる、Vermilionとまぜる事もありますが、混ぜ方が惡るいと往々黒インキの腐れたやうな色が出る、思ふに一遍に濃く塗るから惡るいので、適度の色を一度塗り、又乾いた上に塗るようにすればそんな筈は無い、或は森の暗い影なぞには、まづIndigoでもCobaltでも塗つて置いて、乾いてから右等のRedか或は藍色と混ぜた灰色を塗れば好い、畫で一番かくに面白い處は蔭影の部分であります、日向の部分は反射の強い爲め餘り幾度も筆を觸れると日向の趣が消へてしまう、日蔭の部分は之れと變つて其陰の中に種々な色が現はれて居る、陰は暗いものと思つて居ると大違ひ、種々面白い色がある、一番腕を奮う處です、それで色が陰影の部分では皆奥深く見える、日向の處は只それ丈の色であるが日陰の處には奥行があります、即ち透明と云ふのです、此部分へもつて來て、VermilionにCobaltのような不透明な色を構わず用ゐた日には、納まりが付かなくなる、大に研究すべき處で有ります、又た陰ばかりの畫、例へば夕暮だとか、曇天だとかの畫も、右のような方法で面白くかける、雨の景なども中々面白い、此種の謁には凡て繪の具の調合と着色の順序とに注意を要するのであります、Prussian BlueとAntwerp Blueは似たような色で絡具箱には付物ですが、此色は實際用ゆる瘍合が少ないのみならす、薄つべらな下品な色であるから、之れは始めから使用せぬ習慣にした方が好いのです、此藍色は繪具にょると能く混合せす、叉た畫の上に二種寒い感を與へて着色の豊富を害し易いのであります、併し此縛具のゴヒイキ筋も有りませう、僕は敢て其方々に封して自分の説を主張しません、Vandyke Brownは透明な温かい色で極めて必要であるが、僕は寧ろSepiaの方を賛成します、Vanの方は永く經つと色がトボケて來るが、此點に於てSの方は大丈夫であるし、其他凡てSの方が色が實直である、Lakeの種類に至ては、信用の置ける色は少ないのです、Crimson Lakeは黒くなるし、RoseMadderは消へてくるしCarmineも亦變色する、之れは到底致し方が無い、只保存の方法は、畫には直ちにガラスをかけ、又額の裏には目張りをして外氣を入れぬようになし、又直接日光に當てぬようにすれば、大した事はありません、之れは何色に限らす畫の保存上宜しいのです、又た仕舞つて置く塲合にも、間には柔らかな日本紙を挿入し、タトゥに入れ、桐油紙の如きもので包んで、桐の箪笥に入れて置くのが好いのであります、右のLakeの類に一寸代用して、變色の恐れの無いのはIndian Redです、少し色が重いのと、冴へ無いのが缺點でありますが、陰の色、雲だの遠景だの、にはFrench BlueやCobaltと適度にまぜて好い灰色が出ますYellowOchreやSiennaの類は安心の出來る色で、又此處で申上げずとも巳に諸君の知つて居らるゝ通りです、緑色は都合の好いやつがドーモ尠ない、Emerald Greenは馬鹿に重い色で又た實際景色畫には入用が無い、Hookers Greenは變色もするし寝ボケてもくる、Viridianは變色する上に重いと來て居る、其他にも種々ありますが、僕が今迄用ゐて大して變色の恐を見ず、透明で色が冴へて、他の色と混りやすいのはCyprus Greenです、一つ試めして御覽なさい、着色の要訣は繪具の性質と關係とを知るのが大切であります、始終研究して居つて段々分るもの故、之れが爲めには困難を忍んで、充分奮發して御覽なさい、同じ繪具、同じ紙、同じ筆を用ゐても、經驗の有る人のは色が能く現はれ、然らざる人のは色が出ません、即ち腕の如何に關係する庭大なる譯であります、それから大して變色しない質の繪具、例へばOchreSiennaLight RedCobaltSepia等の類は通常のものを用ゐても差支なしとした處が、Lake GreenGambogeUltramarine等の類はよし稽古の爲めにも、極上等のを用ゐぬと、永い問には變化して來て、折角の骨折も水泡に歸します、ドーセ慰みだから繪具は何んでも好い、と云ふ人々は、畫を侮辱したるのみならず、心底から眞面目に研充しようと云ふ考への無い者で、時間と勞力とを徒費するに過ぎないのです、水彩畫は決して繪ハガキ位を五茶魔かす爲のものでなく、果又た族行日記の挿畫を以て甘んずべきでない、否將さに水彩は水彩として、堂々と美術の粋、技術の精天下に並ぶものなき靈高なるもので無ければならんのであります