初學者の繪[五]色彩

大下藤次郎オオシタトウジロウ(1870-1911) 作者一覧へ

大下藤次郎
『みづゑ』第十九 P.8
明治39年12月3日

▲初學者の繪に多く見るは、色の★濁せると色に遠近の區別の明ならぬ點である。
▲色が濁る爲めに、遠近も不明に、濃淡の調子も破れ、畫面は乾燥して少しの潤澤のないものとなる。
▲鮮かに輕かるべき木も重くなり、薄く透明なるべき葉も厚く、石は綿の如く、水は毛布の如くなるは、皆色の濁れるより來る結果である。
▲然らば如何にしてこれを救ぶべきか、先第一に繪具を澤山持たぬ事である、必要以外の繪具をパレツトの上にコネ返して、強て色を造らんとして、各自彩料の特性を減して仕舞ふ事を止めねばならぬ。
▲次は紙の上で繪具を混せぬやうにするのである、第一色の生乾きのうちに第二色を塗ると、下の色と混じて變色する。
▲其次はアマリ紙の上へ磨りつけぬ事である、油繪筆を用ひる場合は特に注意すべきである。
▲夫から筆洗の水は常に清く、又其容器は大なる方がよい。
▲パレツトを清潔にして置く事も必要條件である。
▲次に色の遠近を別つは、大切な事である、如何に形の上に大小遠近があつても、色に其區別が見えなくては、水彩畫は無趣味なものになる。
▲種々なる色彩ある山も、遠くなれば殆と一色となる如く、自然物は皆夫々、遠ざかるに從って、其色が不透明に、且單調になつてゆくものである。前景の樹は黄とプルシアンブルーで緑を作ったら、遠景には其をコバルトに代へるといふやうに、違いものは不透明に寒く、近いものは透明に暖かいといふ大體の描方を心得て研究すれば、追々此區別が明らになって來るであらう。

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