京都の水繪
石井柏亭イシイハクテイ(1882-1958) 作者一覧へ
栢亭生
『みづゑ』第十九 P.13-14
明治39年12月3日
關西美術會の年を追ふて盛になるのは何より悦ぶ可きことである。併しながら今秋の展覽會の水繪には、いつも多作を列ぬる處の牧野鹿子木兩氏のなくして、若干の寂しさを呈す可きに、東京より送られたる諸作の異色を添ゆるあつて、稍之を免れて居る。彼の二三年前の展覽會に出た滿谷氏の秋の川、山水無盡藏の口繪となつた丸山氏の信濃の風景、小杉氏の大同江、中川氏のポデーカラーを以つてしたる米國風景、三上氏の印象派的作風に於ける『青梅の春』等は、既に東京の畫壇に於て諸君の眼に親しきものであらうから、今之れに就いては一言をも費すことなく專ら京都畫家の作品を考へやらうと思ふのである。
京都畫家の水繪、それは少數の指導者を戴く處の狹い畫界に免れ難き畫題と作風との單調を示して居る。其構圖に奇抜なるものは無いが、家あり木あり道あり川あつて相應にまとまりの良いものが多い。光線空氣の畫き表はしは切實とは曰れない。用筆は比較的練熟して居るが、畫中に感情は欠けて居る。只畠ばかり只森ばかり畫いたものは殆見當らぬ位である。京都の自然の清純なる色彩は、其處に住ふ處の畫家にも影響せざるを得ない、而して草木の緑は鮮かに描かれて居る。又其附近の建築物は屡寫されて居る。
個々に就いて少しく所感を述ぶれば、塲中に最傑出して居るのは、如何にしても淺井忠氏の作品である。其『古城』は在佛中の作で、渾厚なる澁味のある佳作、又敦賀に遊ばれた折のスケッチに『泊船』『干網』の數枚がある。前者の緑水に多少の批難はあるにしても、鼠色の後景より浮き出でた白帆と、日の當つた船體の描寓、物體の區劃に用ひられた輕い線など敬服に値する。後者の網の透けた具合なども人をして其輕妙を嘆ぜしむるものである。
都鳥英喜、加藤源之助兩氏のそれは、淺井氏の清淡な處を學んで居る様である。前者には『清江』、後者には『出町の冬』『岩屋の海岸』を勝れたものとする。
間部時雄氏は眞面目なる研究家である。伏見の作『秋江』と『入江』は、水際の樹木、四つ手網の小屋、筏木など能く寫されて居る。氏の緑色のインデイゴー臭いのが少しく眼に障る樣である。澤部清五郎氏の作中では『水車小屋』が面白いかと思ふ、光陰は明かでない。
此他榊原一廣、田中善之助等諸氏の畫に多少の見る可きものがあつたと思ふ。