寄書 自筆繪葉書(上)
凭美
『みづゑ』第二十一
明治40年2月3日
落日が權兵衛峠の上に沈んで、今まで藍色であつた初秋の空は黄色に變はり、此處彼處にさまよつて居た綿の樣な白い雲も朱色に染まつて、野と云はず山と云はず森と云はず家と云はず赫焉として燃えないものはなく、其美景つたら云ひ樣がない。我れは此の美しい夕照の空を寫生すべく、此處の丘の上でしきりに筆を走らせて居たすると後で寫生ですかと云ふ人がある、振向いて見たら一人の青年で、顔はいたくやつれて青ざめてどこか沈んだ様子である、此人は我等の先輩で、今は東京へ出て勉強して居る人だ。(まだある)