美術に於ける科學的眞理

 
『みづゑ』第二十二
明治40年3月3日

 彫刻家、書伯、さては詩人を指して、科學に於ける響導者なりと云ふもの世界中一人としてこれあるまじ、所謂詩的放肆を俗に碎いて言へば、詩人は自由に天地の現象に就て其想像を逞しうし得べしといふにあり、詩的想像を以て森羅万象を觀る、豈それ詩人のみならんや、廣義に於ける美術家皆然り。然らば即ち詩歌或は美術品と所謂科學とは相反する事あるは勢の免れざる處なり。星晨を指してハイネが「天空に於ける金のピン』、と云ひたる豈科學の許すべき處ならんや去りながら美術に於て時としては科學的眞理の含有せられたるあり即ち美術家は、非凡の天才を以て天地人を觀じ科學の未だ達し得ざる眞理を啓示するあり、近く例をとらんか、英の畫伯ピントウールナーの畫きし電光を見よ、其閃々たる處毫も當時に於ける學問的の電光にあらず、之を以て彼は一時批難せられぬ、去りながら半世記以後の今日に於ける學問即ち發達したる科學眼より彼の畫を視よ、電雷暗雲を劈いて走る處、科學の眞理に迫れりと謂ふべし。云々(北米理科雜誌)
 

眞野紀太郎筆

この記事をPDFで見る