寄書 スケッチブック

霞峰生
『みづゑ』第二十二
明治40年3月3日

 伏見の桃山に梅谷と云ふ有名な梅林があるたまたま休暇を得て今茲二月スケッチ旁探梅にとシヤン込むだ。路の兩側の畠や田の間に梅の木がチラリホラリ行けば行く程殖えてあちらこちらにも遂には見る所として林をせぬ所はなく其梢には皆ウヱルカムと叫びそうな笑を漏らすのである。此等の笑顔に恍惚と眺めながら運ぶ歩もおろそかに漸く丘の頂に登つた、一面の花は漸く中天に輝く太陽の光を反射して滿日只玲瓏として、氣品の高い容姿見る眼をして思はずも崇高の念を抱かしむるのである。笑ふて居るのもある將に笑はんとせるのもある。馥郁たる薫は恰も身の夢うつゝの中にある樣な思をさせるのであつた。吾は筆を握つた儘暫し夢心地で之に見とれた。

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