旅行の注意


『みづゑ』第二十三
明治40年4月3日

 林學博士本多靜六先生曰く、旅行には荷物を多く持つのは甚だよろしくない。途中如何なる艱難に逢つても恐れてはいけぬ。如何なる猛獣野蠻人も虚心平氣な顔をして暢然と歩く旅行家をは窘めはせぬ。
 いかに空腹でも登山の途中で食事するのはよくない、腹が脹れると氣勢が盡きて仕舞ふ、山巓迄達する事が出來ぬ。
 「登山には道を選ぶな、迷ふとも頂上は一なり、下山には注意してよく調査せよ、間違ったら再び頂上に戻りて更に下り直せ、一點の誤ちは千里の談となるべし」とは西洋の探險家の言なり、これは必要の事である。木曾の御嶽に登りし人が、下山の際一點の間違で飛騨に下り、三晝夜食物も得ずして麓を彷徨し、漸く信州へ出たりといふ。この時は谷に陷ちて身を傷けしものもあり、空腹のために蛙迄も食せりといふ、下山の際は注意が必要である云々。(探險世界)

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