美術教育の缺乏
『みづゑ』第二十四
明治40年5月3日
美術學校長正木直彦氏曰く、吾國は東洋の美術國などゝ自惚れる者があれど、其實上下を通じて今の一般の人士の趣味に乏しいことは甚しい、國民の中堅たるべき中流の人士が趣味に乏しいといふことは、實に國の品位に關することである。西洋諸國では、中等教育を受くる以上の人は必ず趣味を養ふべく文學及美術の教育を受けてゐるのである。佛國の如きは、如何なる方面の學問に志す人でも、中等以上の教育を受けたる人は、必ず美術歴史教育を受けないものがない樣な仕組になつてゐる。之に反して、吾國では普通教育を受くれば直ぐ專門の教育に這入るので、文學美術の教育を受くる機會は甚だ尠ない、即ち教育上からして趣味を養ひ得らるゝといふ機會は甚だ尠ないのである、教育せずして趣昧饒き人格を求めるは殆ど木に依て魚を索めるに等しきものである。(教育公報抜萃)