叢話
KSK
『みづゑ』第二十四
明治40年5月3日
英國の畫家ゼー、エツチ、カアリントンといふ人に飼はれたるテユフエルといふ犬は、忠實柔順であつて終に飼主をして有名の畫家たらしめた、カアリントンがまだ世間に知られぬ頃は一生懸命に動物の繪ばかり畫いてゐたが殊に其愛犬をモデルに用ひるのは常であつたある時其犬をモデルとして仕上た繪の中に、此犬がオドケ役者の面型を珍しさうに見てゐる一圖があつたが其姿態が眞に逼つて上出來であつたため忽ち世間の大評判となつた、終には其繪から彫刻をとる者が出來た。このほかにも此犬を描いた繪で有名になつたものが澤山あつて、終に此畫家は飼犬のために非常な名譽を擔ふことになつた。此畫家が犬をモデルとしてゐる時は、犬はよく飼主の心を知つてゐて、如何なる姿でも主人の望むまゝ長時間辛抱してゐたとの事である
この犬は九年の久しき間主人のモデルとなつてゐたが終に老死して仕舞つた、そこでカアリントンは大に悲しんで、自分の庭内に手厚く埋葬し、墓標を建て且其小傳をさへ著したとの事である。此畫家も若年にして世を辭したが、世人は大に之を惜みて同時に其愛犬の名迄も世に知れ渡る事になつた。
素人寫生法
中村不折氏曰く、美術に表はす心得を二つに分けると、第一は觀察第二は模寫である。欧洲では屹度天然を捉えて寫生せしめるので、教師が手本を書くといふことはしない、例へば茲に一つの品物がある、其品物には圓みや角や光澤や色がある、それをどう現はしたら好いか初歩の人には鳥渡分らない、その解らない時に上手の畫いたのを見ると解かる、これが手本の必要な課で、其他には手本の必要はない。よくよく天然を觀察すると、運筆法まで出來る一氣にやつたやうな巖石もあれば、澁い趣のある松の樹もある、いろいろの趣が天然の上に表はれて居る、この観察は大家小家に論なく、暫らくも離るゝことの出來ぬものである。(成功)
色彩眼は日本人最も幼稚
小山正太郎氏曰く、色彩眼は土耳古や支那よりも遙かに低い、其證據は澤山あるが日本には色に就ての言葉がない、支那には澤山ある、赤に丹といふ字もあり、鋒紅といふ字もあり、朱といふ字もあり、澤山ある。それは支那に於ては、丹と赤と朱といふやうな字は皆違つてゐる、區別して使つてゐる。所が日本では皆赤と譯し、赤と書いてある。(日本の少女)