寄書 うはさ

失望生
『みづゑ』第二十四
明治40年5月3日

 本年東京美術學校洋畫科の入學希望者は八十名で、及第者は二十八名であつた。そして二年三年墨繪の研究に憂身をやつした人達が落第して、地方から出たての何も碌に出來ぬ先生達で入つたのもある。勿論學科は一つもなかつた。何故こんな結果になつたのかと聞いて見ると、受驗者が描いて出した石膏の寫生を、○○兩先生が片端から見て往て、半分も見ないうちに定員に滿ちて仕まつたので、殘りの分は其儘落第と極まつたとの事だ。噂だから信じられないが、是では眞面目に來年迄待つて試驗を受ける氣になれない、美術の鑑査とか審査とかいふものもこんなものであらう、尤も今年の卒業製作を見ると何も好んで美術學校へ入りたくもないけれど。

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