水彩畫に志しし最初の動機
松枝瑞絆
『みづゑ』第二十四
明治40年5月3日
でも愚だツて。うん、尤もだ。
で、其止した理由か。何だか仙人めいてる樣で厭になつたから、どこツて君。實物から大變遠がかつた者を畫いて、山月松風なんて角な文字を並ばたてる。どう見ても白髯の怪物の手で‥‥‥
感じてのか。寧ろ畫の貫目が下るよの畫其者に對して浮べたら好いだらう。おまけに巡禮者の上衣式に赤いのをベタベタやられちや眞ツ平だわね。
知つてるツ君、僕の友人の、うん、今じや官立の美術學校に居る。其北川が自作のスケツチを一枚くれたのだ。そう水彩畫の。其がいかにも斬新で奇抜で、僕の理想に適つたと思い給へ。流行の言葉で云へば、總てがハラカラなのに、ぞつこん惚れ込んだので‥‥
で其頃のか。今じや過去の紀念として、文庫の一隅に葬られてあるよ。御所望なら持つて行き給へ、なにまだ有る、四君子だの山水だの‥‥‥
まア是が‥‥‥大袈裟に言へば其‥‥‥動機とでも‥‥‥(完)