龍動の老舗繪具屋


『みづゑ』第二十七
明治40年8月3日

 龍動の老舖繪具屋と云へば、那處へ行つた畫家は必ず記憶して居るだらう。元來此の家は先祖代々の顔料の製造方を一子相傳で傳へて居るので價は滅法に高いが、他店に模倣出來ない程の佳い品を作る、家の構造からして馬鹿に古風で、日本で云へば本町邊りの老舖へ行つた樣な氣がする。而して其商買の遣方迄が飽迄も眞面目で、日が暮れると直ぐに戸を閉めて、夜は決して顔料を賣つて呉れぬ、處へ事情秘知らぬ日本の畫工等がウッカリ夜中飛込んで行くと、主人の老爺さん忽ち目をムキ出して、「何んだ、夜顔料を買ひに來る馬鹿な畫工があるもんか、サツサツと歸つて明日又色の判別る時分來さつしやれ、」とやつつける相だ云々
 右は讀賣紙上に出てゐた話であるがこれはロンドンのニユーマンといふ彩料舖で、この記事の通り、店にはロクに品物もなく淋しいが、彼地の大家は皆此家の製品を使用する。繪具を製造するに、今でも昔風に手で練るので、ニユートンのやうに器械製ではない、そして畫家には定價の三分一を割引して賣つてくれる。
 

水彩畫研究所六月例會一等鈴木錠吉筆

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