寫生帖[四]
『みづゑ』第二十八
明治40年9月3日
■住吉で十二時茶屋へ歸つて來たら、麺麭につける砂糖を誰れか皆平げてしまつた■席料二圓は高いね、赤砂糖二皿で十五錢も酷い、住吉へ往つたらふじ林といふ茶店へ立よるべからず■床几へ腰を下したらグヅグヅ、オツトあぶない■西照館の女中へおみやげといふて、名物新芋を買つて來て、汽車の中へ忘れたとか忘れぬとか■石の上にも三年といふが、天王寺子の石の上に四日も續けて座つて寫生してゐた紫式部が有た■六十の寫生隊を、見學の爲として、常盤會の紫や海考茶連が無數にやつて來た時は一寸面喰つた■僕等の學校へ常盤會から見學に來た時も、學校の宿直書記はよほど狼狽の氣味であつた■その時ワルク四角張つた人もあつたやうだ■そうと知つたら今日鉛筆などやらずに水彩で旨く描いて驚ろかしてやつたものを■モデルの西瓜は旨そうだつた■意地のキタナイ事を言ふのは誰です■いよいよお別れの十六日の茶話會は大に振つたね■何れも酒なしの素面であれだけのことをやるのはヱライ■S先生の帽子の下の饅頭もおかしかつた■二十貫君のホーキボーシは素敵なものさ■R、N君の足藝は天下一品■誰やらの滑稽催眠術はチト古いね■M、S君の落語、蓄音機、薩摩琵琶何れもお手に入つたものだ■SS君の鎌倉三代記と來たら笑絶、誰だつて腹の皮をよつたね■おトツサンの立見將軍は本職だ■K、I君の煙草盆三景は、當意即妙と申上る■M先生の夕日の畫はあまり飜弄に過ぎた■僕はホントーかと思つた■こんな事を言つても見ない人には判らない、樂屋落はこの位ひにして置ふ■まだあるよ、天王寺で寫眞を撮つた時J、S君のわるくお洒落したこと
(大阪の部終)