五浦訪問記の一節

掬亭
『みづゑ』第二十九 P.12
明治40年10月3日

 町盡頭から爪先上りの、草の被さる細路が蛇の樣に山の背を蜿つて居る、上り次第に眼界展けて、行先に海面、左右に松山、振顧れば大津の町が手に取る如く見えて來る、沖から來るか、山合から湧出るのか址れ址れの白い雲が松の梢に絡つては慌てゝ西へと飛んでゆく
 雲の變化の多い土地だ、畫家の住居に適した土地だ・・・・・・フホンテヌブローの森の側で、大自然の生命に教を受けたミレーやルーソウ、あのような大家でも、バルビゾンの村景色の雲の變化に憧れたらう、自然に對する嘆美と哀感とは、風景畫に永久の生命を宿す力である、自然は親しまぬものにも恵を與へるけれど親しまずに受くる恩恵は、受くるに非ずして盗むのだ、就中美術家には此關係が深い、自然に親しまぬ者の風景畫は、如何に色調の巧を凝らしても遂に生命を宿す事が出來ぬ(掬亭氏五浦訪問記の一節)
 

葉山大下藤次郎

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