贅録[三]


『みづゑ』第二十九 P.17
明治40年10月3日

■大阪では西瓜の赤いのが市中到る處にある■桃も中々多く目についた■氷屋の招牌には『凍氷』と書いてある■種類は極少ない『みぞれ』に『ゆき』位ひのもの、東京のやうに『みかん』『いちご』『れもん』『ぷどう』『あんず』『しるこ』なんてそんなものは一寸見當らぬ■舊式で氷の削つた上ヘチヨボチヨボと甘露水を小柄杓で一二杯かけるだけさ■それで匙は錆たブリキか■中にはハイカラにアルミニユームもあつたよ■少し招牌を見てあるかう■『さとく』『ガスト申込所』『大力の』『いを』『こもくすつべからず』何だか判るかい■判らなくつて『ざこく』は雜穀よ、『ガスト』は街燈さ『大力の』は洗濯糊の事で『いを』は魚で言葉遺は古へぶりて正しいものさ『ごもく』は芥で塵芥の事だろう■そんなら『大人小兒、なで』といふのは何のことか知つてゐるか■ム、、、、降參だ■實は僕にも判らない■鳥屋の店頭に白い鳥が籠に入つてゐる、その處に貼紙がある曰く『このとりいろうこといやいや』■理髪店ではペンキ塗りの男の首が出てゐる■牛肉屋の硝子箱の中に貼札して曰く『にくはうちらにぎようさんあり』うちらとは内部の事をいふのだ■筋違橋名物『ぼたんもち』とこれは牡丹餅の事で、雜穀布『ざこく』瓦斯燈を『ガスト』と儉約してゐるに似合ぬ■儉約で思ひ出したが大阪の小揚技は馬鹿に長い、通常三寸位ひある、東京のは一寸五分位ひだ、こればかりは不経濟な事だ■ノーノーそれは幾度も尖を削つて使へるやうに態と長くして置のだよ■まさか■東京より氣の利いた事が一つある、それは橋の袂に一方には漢字一方には平假名で兩方に橋の名が書いてある、東京のは片方だけて兩方にはない、これは東京の方が儉約だ■大阪地方の荷車は梶棒が直中に一本で曳く人は綱を肩からかけて、右の手で丁字形の棒の先を持って梶をとつてゆく、一寸奇だ■片手が空いてゐるので澁色の日傘をさしてゆくのもある■何だか棒の先がキザだ■荷馬車は一人先へ立つて馬を曳き、一人馬の後から梶棒を持つてゆく、二人がゝりはこれ又不經濟といはればならぬ■魚屋も日傘をさしてゐる、何だか魚が腐りそうだ■要するに大阪は統一のない雜駁な都會だ

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