見取枠
彩郊子
『みづゑ』第二十九 P.18
明治40年10月3日
○手紙を書いて居たら電燈が不意に消えた、廊下でホヽヽと笑ひ聲が聞える、又しても女中のいたづらか。
○始め小さな飯櫃で滿足した舎生が、終りには大きな飯櫃を抱えてオイ飯がないぞ。
○車夫に西照館まで行つて呉れと云つたら、頭から足の爪先まで見上げ見下した。
○寫生していると後へ立たれる、顔が赤くなる、コレジヤ俺もまだ頼母しいネ。
○講習會のため利益を得たのは坂下文具店ばかりでない、天王寺境内の氷屋と附近のミルクホールだ。
○住吉へ行く前夜、桃山中學校へ筆洗を忘れて、門衛へ泣き付いて取りて貰つたのはITの髭先生だ。
○第一回舎生の茶話會に、我こそは何の國何々の住人何の某と名乗りを上げた時は、昔の戦争そのまゝだ。
○之も茶話會のときJS先生の動物園は大當りだつた、見物した人の顔を見給へ。
○舎生一同は講習會紀念としてHI君ヘチンチユー、KT君へお父さん韓國皇帝の稱號を奉つた、之には大いに曰くがある。
○SN君氷屋で大いに食つた後、いざ金と云ふ段に懐ろへ手を入れて見ると南無三寶しまつたり、金入を忘れた!
○寫生している川の中へ小供が泳いでいるのを、大い聲で叱つて小供のお母さんから叱られた人の名は秘密だ。
○住吉の反橋を轉げて渡つた二十貫君のスタイルは二目とは見られないネ。
○最後の夜、二十貫君アルコール分に勢を得て、單身西照館の怪洞探検に行つた、途中で大橋先生の中止せよと云ふ命令に從ひ引きかへした器量は見上けたものだ。
○深夜匍匐して三階に彗星を見に行つたのはKK、HIの兩勇士。
○批評會のときは、僕の頭上にどんな批評が降つて來るかと思つて胸がどきまぎした。
○僕は汽車滿員のため、住吉から天王寺まで片足だけのつて來た人を知つている。
○も一週間講習を續けたら、熱心の炎で桃山中學校は燒けたかも知れない。