寄書 中等教育受驗者諸君の為めに

紫生
『みづゑ』第三十
明治40年11月3日

 將來圖畫科の文部省檢定試驗を受けのんとせらるゝ諸君の爲め、左に不取敢本年度(第二十一回)に於ける豫備試驗問題を御紹介申上候、尚檢定試驗に關する事情樣々御參考に供すべきことも尠からず候へ共こは本試驗の結了を待つて御知らせ可申候
 習字圖畫體操音樂手工科豫備試驗に屬する國語問題(第二十一回)
 師範學校、中學校、高等女學校教員志願者は左の問題に答ふべし
 講讀
 一左の文章を正しき口語文にて解釋せよ
 俗諺は一面に於ては其國民の短詩として尊重すべく他の一面に於ては其の國民の性質及び社會の實相の寫眞畫として尊重すべし、故に思を文學に寄する者の、之を討尋研究して咀嚼し玩味を品評すべきや論無きのみならず、政治商業の廣きに身を委ぬる人も之を一顧せざるべからず、哲學心理の精しきに心を潜むる人も之に耳を假さゞるべからず、特に人類の思想の眞歴史を讀み、國民の性格の眞地圖を看取して、世界の文明の大歸趣を考察せんとするが如き高尚なる念慮を抱く人々に取りては、其の人々の職務とするところは各相異なるにもせよ、俗諺は同一なる趣味と利益とを與ふるところのものたるべきなり。
 二左の語句の中(甲)は其の意義を解釋し、(乙)は其の訓讀を假名にて示し、(丙)は漢字に改めよ
(甲)紹介擔保豫戒令振替貯金混成旅團
(乙)只管流石提燈旅籠杜撰
(丙)おろしうりむとどけけつきんひんせいたうやりんきおうへんくわんげふはくらんくわい
 文法
 一五十音圖を平假名にて記せ
 二左の文に誤謬あらば訂正せよ、但し訂正の理由を説明するを要せず
 みめ形いかに美しとも若しその心ざま正しからざれば決してよき人とはいはれまじ
 明日御閑暇に候へば拙宅へ御出下されべく候
 三「獵師鹿を射る」といふ文によりて過去未來打消及び推量をあらはせる四つの文を作れ
 作文
 檢定試驗を受くるに至れる次第を友人に報ずる文(候文體)
 右五時間
 女子師範學校、師範學校女子部、高等女校のみの教員志願者は左の問題に答ふべし
 講讀
 一左の文章正しき口語文にて解釋せよ
 地形は直接間接に尠からざる影響を人文に及すと共に、一方にては、知識の進歩せる人類は種々の方法によりて、自然の不便と障礙とを排除し、文明普及の途を講ずるに汲々たり嶮峻なる山嶽にても、或は隧道を穿ち、或緩傾斜の道路を開きて交通を容易ならしめ、沼澤の地には排水の工事を施して沃野に化せしめ、此の他運河を通じ、鐵道を設け、港灣を修築し、森林を蕃殖せしむるが如き、皆其の手段に外ならざるなり。
 二中學校師範學校高等女學校志願者の分に同じ
 文法
 一、二問題は中學師範高女の分に同じく第三問題は無し
 作文
 中學師範高女の分に同じ
 右五時間
 圖畫科(鉛筆畫)豫備試驗問題
 一臨畫肖像(小兒熟睡の状態)
 一新案納凉(但著色スベシ)
 右三時間
(附記)臨畫とは模寫のことにて、畫學紙四ツ切大の紙片に石版にて印刷せみ鉛筆畫を鉛筆にて摸寫せしむるもの、新案とは畫題のみ與へて各自任意に水彩畫にて作製せしむるものに候
 圖畫(用器畫)科豫備試驗問題
 注意
 女子師範學校、師範學校女子部、高等女學校ノミノ教員志願者ニ限ギリ左ノ問題中任意一問題ヲ省クベシ
(一)二寸五分ノ等邊三角形チ三邊ノ中點カ各自平畫面ヨリ一寸五分、一寸七分七厘一寸二分五厘ノ高サヲ有スル位置ニ於テ畫ケ
(二)普通建築用ノ煉瓦(長七寸五分幅三寸六分厚二寸)及其上面ノ中央ニ置キタル直徑四寸の球ヲ各二分ノ一ニ縮小シテ等角投影圖ニ作レ
(三)左ノ圖法ヲ問フ
 甲、一點ヲ通シ二直線ニ接スル圓周ヲ畫ク法
 乙、定圓ニ内接若シクハ外接シ定三角形ニ相似スル三角形ヲ作ル法
(四)先ツ任意ノ不正四面體ノ投影圖ヲ作リ次ニ其傾斜セル三面ノ實形ヲ表ハセ
(五)大小二個ノ斜軸圓柱ノ相貫體ノ圖ヲ作リ併セテ其一開ヲ展セヨ
 但開展圖ニハ交切線ノ位置ヲモ示スベシ
 右三時間
 尚、今年の試驗は左の如く、又鉛筆科東京に於ての受驗者は第一種第二種を合して拾九名の少數にて、其内三名の婦人を見受け申候
 第二十一回試驗日割
 國語八月廿一日(前七時―仝十二時)
 鉛筆畫仝月廿八日(前八時―仝十一時)
 用器畫仝月廿九日(前八時―仝十一時)
 先は以上の如くに候匇々

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