文部省美術展覽會水彩畫批評

丸山晩霞マルヤマバンカ(1867-1942) 作者一覧へ

晩霞、汀鴎
『みづゑ』第三十一 P.15-18
明治40年12月3日

 第一回美術展覽會は、十月二十五日を以て上野公園元博覧會美術館内に開會せられ、十一月三十日を以て閉會した。西洋畫の出品申込は三百六十餘點あつて、鑑査の結果、審査委員の分を合せて九十一點だけ陳列せられた、其内水彩畫は二十三點あつて、博覽會の時より數に於て少ないが質に於て大に優つてゐる、出品畫の概評は左の通りである
 

カツサン氏鉛筆臨本の内

 四雨あがり(三宅克己氏)ワツトマン半切縦繪
 空の感じもよい、地面もこれでよからう、只不感服なのは圖の主要の位置にある立木で、幹の周圍をボカしたのは丁度深山でサルオガセが附着してゐるやうに見える、そして其樹は既に枯死して、春になつても青芽を出すとは思はれぬ(霞)
 樹幹の色に生氣がなく、繪全體としてコシラへ過たやうに思はれる、そして地面が傾いて見へるのは慣用の描法のためであらうが、今少し物質を見せて貰いたい、但雨あがりとしての感じは見えぬ事もない(鴎)
 五奈良の杉(三宅克己氏)半切横繪
 同氏の出品中での佳作であらう、調子も割合に整つてゐるがイクラか右の方が勝つてゐやう、添景の人物は少しく無理があるやうだ、杉の葉の物質が見えてゐないのは遺憾である(霞)
 サブライムの感があつて、近頃批難の聲の高い版のやうだといふ其形式も幾分か少なく、他の諸作に比して比較的物質も見えてゐる、樹の蔭の左の方に強い黄色を點ぜられたのは少しく目障りに思はれた(鴎)
 六池畔の朝(安藤復藏氏)全紙横繪
 一色畫のやうで色が乏しいが稍朝の趣を見る(鴎)
 一〇森の道(石川欽一郎氏)四ッ切縱繪
 圖様は客觀、色彩は主觀といふ繪で、紅色と群青色が目につく(鴎)
 一五多摩川の朝(中川八郎氏)全紙横繪
 茫として要領を得ぬ處に此繪の味ひがあるのであらう、空が重過る嫌いがある(霞)
 朝の心持は見える、日本畫と西洋畫と調和されたらこのやうな風になるであらう、深さと厚味みに於て缺けてはゐるが、見た感じは甚だよい、空の色に一工風欲しい(鴎)
 一六紅葉の村(中川八郎氏)半切横繪
 技巧に於ては確に群を抜いてゐるが、繪は作者の想像で出來たものと思はれる、諸處細工の跡が見えるは失敗で、印刷物のやうな感じがする(霞)
 圖樣は古い、色彩は人を飽かしめはすまいか、殊に突當りの紅い葉に對するコバルトの影など、艷美に過ぎて多少の厭味がある、併し其手際の立派なことは敬服の外はない(鴎)
 一八杉並木(三上知治氏)四ッ切縱繪
 自然に接する趣きがあつて、小作なれど出品中★白眉であらう、初秋の感が充分現はれてゐる(霞)
 佳作(鴎)
 二〇新月(吉田博氏)全紙縱繪
 感じの深い繪である、前景に強味が欲しい(霞)
 上半、空の色は實によいと思つた、遠い村の邊の燈火の數が多くちとウルサイやうである、前景は今少し強く出した方が、一層この繪の價値を進めたらうと思ふ(鴎)
 二二カーナツクの建跡(吉田ふじを女史)半切縱繪
 熱帯地の繪としては調子が低いやうに思ふが、實地を知らねば何共言へぬ、たゞ少しく強烈の感があつてもよいやうに思ふのである、繪と額縁との調子がとれぬ爲め、此繪は大なる損害を受けてゐるやうに見える(鴎)
 二三奈良の茶店(吉田ふじを女史)半切縱繪
 美しい繪である(霞)
 杉を少しく忠實に寫して欲しい、鹿を除いたら奈良といふ空氣が見えぬやうに思ふ(鴎)
 二四蓮池(吉田ふじを女史)四ッ切横繪
 色彩は鮮やかである、深味が欲しい、そして物の遠近を見せて貰いたい(霞)
 

大下藤次郎筆(グワツシ)

 三八夏の朝(長谷川曾一氏)四ッ切横繪
 熱色で出來てゐて、森と道路との關係が面白いと思ふ、(霞)
 力のある繪であるが、色が單純であつてたゞ是丈けのもので繪に餘韻が乏しい(鴎)
 四五たそがれ(大橋正堯氏)半切横繪
 心持のよい調子で、水の光つた邊が面白いと思った、但水の流れてゐる活動が見えぬ(霞)
 木の緑色が重く思はれる、前景の右は少し目立つやうだ(鴎)

カツサン氏鉛筆臨本の内

 五二仲秋(間部時雄氏)四ッ切横繪
 京都式で色が單調であるが、手際もよく、秋の感も粗は出てゐる、佳作のうちに入るべきであらう(鴎)
 五三朝やけ(三宅克己氏)四ッ切縱繪
 一色畫のやうであるが、稍朝の心持は出てゐる(霞)
 中心を明るくしたのも態とらしく、色が重くして私には朝といふ感じが見えない(鴎)
 五四驟雨(安藤復藏氏)八ッ切横繪
 五五千曲河(石井滿吉氏)四ッ切横繪
 信州の感がよく現はれてゐる、色の暗く沈んだ處が特色である、遠景は尤もよいと思ふ(霞)
 描法明快にして甚だ氣に入つた繪だ、花々しい色もなく態とらしい細工もなく、質實なうちに力がある、繪が少しも浮ついてゐない(鴎)
 六二日光山の奥(織田一麿氏)全紙横繪
 寫生してない繪といふことは一目して判る、奥山といふ色彩が現はれてゐない、樹の説明も不充分である、此繪から技巧を除いたら、何等の人を動かす處はあるまい(霞)
 取材は大なる景であるから、此大幅を充たすに適してゐるが、描法がそれに添はぬ、筆者の用意が甚だ粗末で、眞面目を缺き、一二時間のスケツチを見るやうな結果になつたのは惜しむべきではないか、私は作者の自重を望まざるを得ない(鴎)
 六三藪の眞晝(細井未明氏)四ッ切横繪
 七〇出町の冬(加藤源之助氏)四切横繪
 七七風景(平木政次氏筆)四ッ切横繪
 眞面目なスケツチとして見るべく、色の寒いのと調子の硬いのとは此繪の缺點である(鴎)
 八〇實り(大橋正堯氏)半切横繪
 發色はよいが、前の樹の枝は態とらしく、中景の山は青が勝過てゐるやうである、そして田の色と調和しない、何となく雅味の乏しい繪である(霞)
 觀察が粗く、何處となく調和がわるく、氏にしては失敗の作であらう、田の現はし方も、中景の山も、其寫し方に熟さぬ點が見える、繪全體から見ると、短時間に急いて仕上げたといふ趣があつて、研究の不充分を諸處に示してゐる(鴎)

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