色彩と感情
『みづゑ』第三十二
明治41年1月3日
管原教造氏は十一月十二日夜の精神病科談話會に於て『色彩感情』と題し大要左の如き談話をなしたり
▲王朝時代は紫の流行東洋と、西洋とでは色彩的感情は大體に於て略ぼ一致して居る、先日本の色彩と感情について少し調べた處をいふこと西洋では紫を一般に排斥しているか日本では昔から愛している殊に王朝の藤原時代の如きは其時代の人情風俗を寫したといふ『源氏物語』をみても人の名であれば紫の上とが巻の名であれば若紫とか此の外巻中に『紫』といふ文字は夥しく用ひられてある或は其時代の文學を代表した萬葉集などの歌をみても『紫のにほへるいもをにくゝあれば』とか『紫の一本ゆゑに武藏野の』とかいふ紫の枕詞を冠らせたるものが非常にある語を換へていへば此時代は紫時代でるあ。
▲演劇と色彩けれども日本の文學で紫は無論のこと、其他の色彩を衣服等でよくみる事の出來るのは昔の芝居が一番だ、續いては其時代の芝居を畫いた錦繪などであらう。同じ芝居でも今の新派劇などになると時代の色彩は寫實してゐやうけれど人物と色彩といふ對照に構はないやうだ此點に於て舊劇は非常に進歩して居る。
▲性格と色彩の調和かの忠臣藏の芝居に例の大星由良の助が放蕩三味に日を送つて居る時にはぼやけた弱々しい色の衣服を着て出るが、愈々打入りといふ時には元氣のある質素などつしりた威嚴のある黑ずんだ其本心を表した衣裳を着るなどは新派劇にみられない性格と色彩の調和であり、五代目菊五郎は若い時の狂言に靑くす引を髪にかけて居る處、其れが妙に音羽屋の役と調和し遂には此流行が江戸中の頭を靑くしたと迄いはれ、其れが梅幸色といふものになつた、又千代萩の政岡が赤い着物を着るといふのは威嚴があつて非常によいやうだ、處がいまは無地色で感想ばかりを傳やうとしてゐる。
▲團十郎の暫く『暫く』をやる團十郎が柿色三升の衣裳を着るが市川家の澁い藝風をよく色に表はしてよい、中村芝翫が田舍娘に扮するにいやしげな福助色の衣裳を著けたり又は同じ好みの上下をつけるのがよく似合、絲のくんだ花になると侍の性格と調和してどことなく強みがあるに音羽屋の色になるとどつりした力ない代りさつぱりした色で同人が早野勘平を務むる時などは大にふさはしい。
▲幽靈と灰色不安の色だといふ紫は日本の女性のやさしい處をよく表はし芝居では悉く其通りに用ゐられ、又一位の袍はに定って居るかといふやうに高い意味にも用ゐられてゐる、黑は優美な紫と反對に雄大で正しく威があるやうにみえる處から多くは武士だとか侠客だとか轉じては石川五右衞門のやうな盜賊にも用ゐられてゐる、是は暗く隱れて夜を意味する方面から用ゐるのだらう、又幽靈などの服裝に白を用ゐずに灰色を用ゐるのはあまりぱつとさせない爲と暗の色とやゝ同じくさせる爲で、よく幽靈の出る墓地などに近い寺院の僧侶が此色の服を纒ふのも實は調和から來たものであらう。
▲色彩と快樂の關係以上性格と服裝の關係の原理上色彩は何故に我々人間に愉快であるか、又總ての色の中に或る特殊の色は何故人間に愉快であるかといふに、第一の原因は進化論の方から第二の原因は聯想から。第三の原因は生理學上最近の説からなどであらうと思ふ。
▲色彩の聯想文科大學の心理學實驗室にては色彩の表情性研究の爲同學生百二十三人に總て二十四種から成る色紙の小片を答案紙に附して與へ其聯想を書かしめた、大要は左の通りである。
赤色に關する聯想
幼稚、可憐者、親和、輕薄、陽氣、愛情、性慾、快活、浮華、熱烈、危險、艷、誠心、偉大、クリストの降誕、強力、壓迫、恐怖、禪趣、原始、時代、平安時代、源平時代、十字、ナイト、マホメツト、日蓮、秀吉、闇より出でし天照大神宮、現代の濁逸、四十代の、人程よき音、喧噪なる音、大太鼓、
燈色に關する聯想
安靜、陽氣、野卑、清爽、半秘、陽氣、支那風の佛閣の夢、崇重、澁味、元氣、沈着、江戸時代、近代朝鮮、マホメツト、不動明王、ハイカラ女、日本人、快活の音、氣ぬけ香水、病院、密柑、文科の旗、日沒、書籍、土色、鹽煎餅、リボン、
黄色に關する聯想
無情、輕快、不足、平凡、薄弱、厭世、悲哀、崇高、人の運命、元禄、時代、趣味なき時代、小兎、オルガン、花の香、日沒、公孫樹、コレラの旗、目白、
紫色に關する聯想
高尚、優美、永遠、神聖、夢裡の天國、江戸氣質、性慾、莊嚴、王朝、神女、コブシの多賀子、紫式部、清少納言、柔、曲線、スミレ、
白色に關する聯想
清淨潔白、寂莫、不安、無邪氣、美人、醫者、幽靈、光、刄、豆腐の味、
灰色に關する聯想
不確定、厭世、洒脱、納豆賣のよぼよぼ老婆、極北の海に蒼白き顔して海面を見つむる讀經派の厭世哲學者、燒ける魚、鬼、低音
黑色に關する聯想
現代のロシア、崇高、罪惡、寂寞、惡魔、葬儀、迷宮、
牡丹色に關する聯想
華美、高尚、優美、毒、無氣力、南阿、情人、寛度、
緑色に關する聯想
幼稚、陽氣、希望、勢力、慰安、明治時代、虫聲、土佐濵の松、波形、鐵、
靑色に關する聯想
沈みたる活動、凄愴、秋、ネルソン、東郷大將、胡弓、剃立ての顔、酸、大、高、遷、環、
△女子大學生と色彩以上に對する女子大學生が宿題として與へられたるものにして同じく答へた中の面白いのは、赤色の清盛若い奥樣、美少年、誠、黄色の高慢、虚榮、現世界的の人、月、黄昏、縁の改進、清凉、新生命、哲學、揚貴妃、陣太鼓、沈思、靑の幽玄不變化、男性的大國、殿樣、葬式のラツパ、紫の上織、高尚、情熟の極、愛、浦島大郎、クレオパトラ、一休、元禄時代の町家の娘、おしやれ女、淺草公園、三味線、白色の高天原、キリスト、神秘、清潔、むくの少女、灰色の僧服、冬の空、ソクラテス、孔子、古寺にひゞく木魚の音、黑の天災のひゞき、威力、古英雄、默考、寂寞、憂、未亡人などでありませう。(報知)