寄書 中等教員受驗者諸君の為めに(再び)

紫生
『みづゑ』第三十二
明治41年1月3日

 この度は本試驗の状況を御報告申上候第廿一回鉛筆畫用器畫科本試驗問題
△用畫器問題(十一月九日施行)
 一、兩畫面に傾斜せる任意の平面上に畫きたる正五角形の立面圖及平面圖を畫け
 二、第一圖を以て與へたる正八角錐と正四角錐との相貫體の圖を完成せよ(圖は底面大にして高さ低き正八角錐を底面小にして高さ高き正四角錐の貫けるもの)
 三、第二圖を二倍し平面三角形が平面長方形に投ずる影及兩平面形が倶に圖面に投ずる影を見出せ(圖は空間に於て兩畫面に傾斜せる長方形と不正三角形との二平面形の兩投影なり)
 四、平面畫に接し且つ相互に接する各其半經を異にせる三個の球の投影圖を作れ
 五、第三圖を以て示したる物體の透視陰影圖を求む
 但し物體、畫面、視點の位置及光線の方向等は任意とす
(圖は水平面上に直立せる正六角桂が稍それより大なる正六角形盤を貫けるもの)
 右四時間
△鉛筆畫實技試驗問題(十一月十二日施行)
 モデル臺上に十四五才の少年を着衣にて端座せしめ之の半身像を寫生せしむ(但し用紙は畫學紙四つ切)以上二時間
△水彩畫實技試驗問題(十一月十二日施行)
 ぼけ一個、栗の實二個、樽柿一個を各自に與へ隨意に位置を作りて寫生せしむ(但し用紙はワツトマン四り切)以上二時間
△圖按畫實技試驗問題(十一月十二日施行)
 大さ六寸四方の正方形内に寄木細工原案として床板用の模樣を畫かしむ(但し着色にして其色彩は木地の實色を模すべきこと)
 以上二時間
△教授法試驗問題(十一月十八日施行)
 教授法試驗に限りて第一高等學校製圖室にて行へり、先づ正面に教壇、ボールドを供へ其前に三方に別れて兒島憲之、白濱徴、渡邊文三郎の三試驗官あり、いろは順にて一人一人控所より呼ぷ、試驗室に入るや渡邊氏先づ口を開き「其ボールドにチョークにて君の最も好める形式の花瓶三種の正面圖を畫け」と云ふ續いて同氏「案内用の指ざせる手を畫け」と命づ之れ黑板畫の試驗と知るべし次に白濱氏徐ろに口を開いて問ふ「現今我國にては圖畫教育の改良と云ふ事に就て與論大に沸騰し來れり此問題に就て君は如何なる意見を抱かるゝや君の理想とする圖畫教育の方針を語れ」と之に答へ終るや更に兒島氏發問して曰ふ「其處のボボールドにある問題を學生に教授する積りにて解り易く説明せよと(ボールドには「兩畫面に傾斜せる直線の投影ありこの實長を求むる法」と書しこの側に此問題の投影圖を示せり)次に尚一問を發して曰く「水平、面と直立面との外投影圖を説明する場合に必要に應じて尚他に平面を設くることありや」とこれにて教授法口頭試驗は全く終れるなり。以上午前八時より、
 以上、本年度に於ける文部省檢定試驗鉛筆畫用器畫科受驗者は全國に於ける總員は不明に候へ共東京府廳を經て受けたるものは最初十九名ありこの内豫備試驗に合格せしもの四名有之更に今回の本試驗に全然最後の勝利を克ち得しものは僅々二名に減じ申候以て全國一般の景氣を察知するに足るものありと存じ候
 左に今後受驗せんとする諸君の爲めに聊か御注意申上候
△中學師範卒業及小學正教育の資格なきものは明年(四十一年)限り受驗の資格を失ひ申候、依てこの資格なき人は御奮發の上明年中に合格可然若し然らざれば終に永遠に好機を逸する譯に候
△たとへ前述の中師卒業の資格ある人と雖四十二年度よりは實技試驗に鉛筆毛筆合併ならでは受驗する不能、斯くては繁雜困難の倍加するは爭はれぬ事實に候
△願書差出〆切期日は今年は六月十五日までに候、毎年願書〆切期日に遅れて失策する人あり御用心なさるべく候
△寄留先きにて受驗せんとする人は受驗地に寄留するを要し候間早く寄留手續をするが安全に候
△中學師範等にて相當平面及立體幾何の素養ある人は用器畫の準備としては六ケ月にて充分と存じ候、其他の人ならば專心八ケ月位は要し申候
△實技試驗は水彩畫研究所にて一ケ年も研究せば大手を振つて合格疑ひなく候
△教授法參考書としては白濱徴氏圖畫教授法と云ふ書物が最も適當と存じ候
△文部省の檢定試驗と云ふものは左程難しきものにはあらず、只徒ちに文部省の名に振へ上ることなく、試驗塲を研究所の控所位に考へてウンと大膽に落着きて活働することが受驗の最要秘决と存じ候、尚一ツは時間のことに候、何れの科目も時間は甚だ不足にして、鉛筆や水彩の寫生を二時間づゝにてやらせる如きは隨分無理の骨頂と可申候、この時間を巧みに便用するが緊要に候、决して一分たりとも無駄な時間を消費せぬ樣なさるべく候
 尚云ふべき多くを余し候へ共「みずゑ」編輯子より御目玉を頂戴致し候に付これにて筆を收め申候尚御尋ねの議も有之候はゞ小生の知れる凡てを御回答可申其節は返信用切手三錢封入左記の處へ宛て御賜信願上候
 靜岡縣榛原中學校内藤田紫舟宛

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