寄書 初めての寫生
T生
『みづゑ』第三十二
明治41年1月3日
十日間の強請で今日漸く繪道具一通りを買つて貰つて今生れて始めての戸外寫生に出た所だ、然し程よい所がない、どんなに行つてもないもう十二時といふに、
致方がないから辨當を食つて或る一景に向つて筆を染めた、遠景は七重八重壘みかけた樣な山と森で手前に道がある、其先は直ぐ廣い廣い川と石川原で、川向ふには、村落點々といふた樣な實に好い景色だ、自分の力ではとても覺束ないといふ事は更に悟らない、
此時一番氣にして居たのは人の來る事で、弟に番をさせて居るけれど尚心配でならず、絶へず後に氣をつけて見られぬ樣につとめた。
ワツトマン、といふ紙に向つて居るので書き損じてはならぬ、殊に始めてだから誰にでも賞められたいと思って出來る丈け念を入れたがどうしても手が振るうて畫けない、こんな事でなるものかと思つて、自分で自分に鞭打つて尚續けたそして此の中にも『みづゑ』は幾度か彼是と操られて少なからぬ注意と、方法を與へる。
幸に人の來ぬのはよいが、寒いのには閉口した、
四時といふ時に完成といふ事になつた、自分で見ても道と川の判別を爲し兼ぬるといふ代物がだ其時の愉快だつた事は實に例へ樣が無い位