朝の寫生

KT生
『みづゑ』第三十三 P.20
明治41年2月3日

 午前五時といふに、繪具箱、ブロック抱へて森に入る。日は未だ出でず、自然はおぼろおぼろの夢に似たり。空は希望に滿てる薔薇色の笑を洩し、霧は草をおおひ、樹に罩めて、偉大なる中景の樹、色彩いよいよ柔かに趣益々深く今や萬物は、今日一日の初めの、汚れなき美と、神聖とを歌へり。柔草の茂れる所、露しきりにこぼれ、冷風軟かに畫布をかすむ、
 瞬時!我は汚れたる我にあらずして、美しき自然の讚美者なりき。

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