リヴァプールの美術館

大下藤次郎オオシタトウジロウ(1870-1911) 作者一覧へ

T、O、生
『みづゑ』第三十四
明治41年3月3日

 英國リヴアプールのWALKER ARTGALSERY は堅牢且つ質素なる建物にして、外部の體裁はさして立派ならぬも、一度その内に入るときは、新古を合せて六百余點の大幅小幀は吾等の膽を奪ふべくそれぞれ光彩を放つてゐる。階下は廣く六室程に分たれて、澤山の古畫と少しの彫刻とがある、室内は光線の工合あしく、繪畫にもさして注意すべきものはない。階上は大小十三の室があつて、陳列の繪畫は皆近代英國畫家の手になり、いづれも一度ローヤル、アカデミーに出品されたもので曾てカタログで見た事のある繪を此處で澤山發見したアメリカでよいと思つた程の繪は此處では惡作の部で、大西洋を一つ隔てたばかりでかくも違ふものかと驚かれた。さてそのうちで殊に際立つてよいと思つたものを擧ぐれば"MIDSUMMERDAY”と題するTHOMASHUSON氏の溪流の圖、物體の後方より強き太陽の照せる有樣を巧に現はし、かゝる場合に最も難しとするその遠近の調子極めてよく、ARTHURHACKER氏の"PELAGIAANDPHILAMM"は、汐退きたる沙上に手を組合せて胸にあて裸體のまゝ横はれる死美人傍に頭巾深く冠りて跼りつゝそを見守れる人、崖際に二羽の小鳥の並べる、極めて象徴的な全體が灰色の空氣に包まれた悽愴の感の深い繪である。SOLOMONJ. SOLOMON氏の大作"SAMSON"は、人物の活動最も喜ぶべく、用筆の巧なるは敬服のほかなし。"BONLEERSATREST”と題するI:G.NEISH氏の石の寫生、山際の崖崩れで種々なる石が自然に重なり合ふた處を眞面目に寫生したものであつて、石は各々其性質が充分に現はれゐて、撲では音もすべく觸るれば冷やかに感ずべく、目の前に實物を見てゐると少しも異なる感じがしない、さればとて寫眞のそれのやうに無意味のものではなく統一も變化もあつて全體がよく引締つてゐる、其技倆の凡ならぬに驚嘆せざるを得ぬ。このやうな寫生は或は愚に近いかも知れぬが、誰れでも年に一枚位は試みてよいだろうと思はれた。DAVIDMURRAY氏の"MEDOWSWEETS"といふ繪は、夏の牧場を寫したもので、和らかき緑の色も嬉しく、前面の土手に刈られて半ば乾いた草は今にもそのいきれ臭き匂ひがして來そうである、ROSETIT氏の"DANTESDREAM"は有名な大作ではあるが、思つた程感を惹かなかつた、僕の鑑賞力が低い故かも知れない、粧飾畫として見るべきものか、赤い鳥紅い花、夢であつて見れば、それもよいのであらう。HENRYHOLIAAY氏の、"DANTEANDBEATRICE"も面白い作で、フロレンスの町の有樣ダンテがベアトリチーに見惚れてゐる樣子は何とも云へない、伊太利に來てゐるやうな氣になった。PAILIPH.CALDERON氏の、"RUTHANDNAOMI"は暖かい心持のよい繪で、"OMISTRESSMINE.WHEREAREYOUROAMING?OSTAYANDHEREYOURLOVE'SCOMING"といふ永々しい畫題のEDWINAABBEY氏の繪は、おつとりした處に言ひ知れぬ味がある、全體が青白い着色のうちに遠く桃の花の紅を見せたところなど何となく懷かしい繪である、THOMUSFAED氏のINTIMEOFWARは
 ”OLogan, sweethy didst thou glide,
 that day I was my. Willies bride!
 And years sinsyae has ber me run,
 Like Logan to the summer Sun.
 But two thy flomeiy banks appear.
 Like dumIie winter dark and drear,
 While mv dear lod maun face his faes,
 Far.Far.frae me, and Logan fraes―
 といふパアンスの詩からとつたので趣は充分に現はれてゐる。"ANDWHENDIDYOULASTSEEYOURFATHER?"と題するW.F.YEAMES 氏の大作は忠實な描き方でよく其情を寫し出してある。"FROMGREENTOG0LD"といふ氣の利いた畫題の畫はYEENDKING氏の作で、其名の示す通り小川のほとりの初秋を寫したもので、和らかな手際のよい繪である。以上は皆油繪であるが、水彩畫は百余點あつて、さすがに英國は水彩の本場と言はるゝだけに見耐へのあるものが多い、聞く處によればロンドンでも一寸これだけ澤山の水彩畫を一堂のうちに見ることは出來ぬとの事である、大なるもの小なるもの密なるもの粗なるもの結構布置さまざまで、これを見た時の嬉しさは丁度空腹の時に澤山の御馳走を目の前にさしつけられたやうであつた、そのうちで少しく飛抜けた作を擧げて見れば、GEORGCOCKRAM氏の海岸、これは横長い大畫で、曾てローヤル、アカデミーのカタログでお馴染のあるもの、雲といひ水と云ひよくもかく迄描き出したものかなと暫時は我を忘れてしまつた。ROBT. TALBOT KDLLY氏の"THE PURSUIT"は水極めてよく、H.WINDSORERY氏の景色は最も美はしく思はれた、ロンドンへ急ぐため此貴重なる美術館を、僅か二回より訪ふことを得なかつたのは實に殘念である。(リヴアプールにて)

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